第15章 偽りの愛
______4年前。
「ケケケッ。水仙、新しい手足(アサシン)だよォ。」
どんよりとした雲が空を漂う冬の日。
白い息を吐きながらカチャカチャと髪飾りを整理をしている水仙とよばれた女のもとに、女の主人である男がやって来た。
男の名を知るものはいない。
ひとつだけわかることは彼がつれてくるのはただの遊女ではなく暗殺者(アサシン)だということ。
女も他の暗殺者と同様、この男に買われて来た。
女は吐き気を堪えながら億劫そうに連れてこられた女を見る。
そこにいたのはまだ化粧の施されていない女____いや女と呼ぶにはまだ幼い少女だった。
この少女も穢れていくのか。
体だけならまだよかった。
しかし彼女にかせられるのはそんな甘ったるいものじゃない。
血と怨念だ。
心の中で女は今まで殺ってきた所業を思い出していた。
自身が初めて人を殺したのはこの少女と同い年くらいのことだろう。
覚えている____未だに。
毒を盛っただけなのに呆気なく死んでいく組織の邪魔者。この組織の中枢の人物の最後は呆気ないものだった。
「ケケケッ、いつも通り名前をつけてあげてよ水仙。」
男は楽しそうな声で女に命じた。
女はそっぽを向き、少し考え、今まで習わしのように使われてきた暗黙のルールを破らぬよう、言葉を口にする。
「『野菊』はどうでありんすか。」
_____花を選べ。
それが先代の残した一つだけのしきたり。
誰の妻となることもなく、血にまみれた日々が続くであろう女に送れる唯一の"情"。
先代はそう言っていた。
"ここにいるの自分が女であることを忘れる。人を殺して生きていることに慣れてしまう時が来る。それならば名だけでも彼女等を救ってやりたい……。どうせ私たちは録な死に方をしないんだ。これくらい許される。"
そんな先代は普通の客と行為中にあまりにひどい暴力によって息を止めた。
誰も嘆くものはいなかった。
他人事ではないから。
______そう、ここはそういう場所だから。
「『野菊』……か。ケケケッ。お前はもう野菊だ。分かったかな?」
少女は既に死にかけているようでありながら何処と無く覇気を感じさせる目で男を射ぬく。
男はそんな彼女を見て笑った。
「これは……将来有望だなァ、ケケケッ。」