第14章 【幕間Ⅱ】雪螢と雨龍の会話
『え……。』
驚いたように目を見開く雨龍。
それに知らないふりをして彼女は言葉を続けた。
『もう…限界なの。』
そう言い、彼女は両手を裏返す。
真っ白な肌にうかぶ痛々しい紅き傷。
火傷のようでありながら、引っ掻き傷のようでもある。
それは彼女が刀となるときに一心不乱に鉄を打ち続けたときに出来た傷だった。
『何が、とは聞かないのね。』
何も言わない雨龍に流石に申し訳なさを抱いたのか彼女は眉を下げながら言葉を紡いだ。
『雨龍…。』
切なそうな彼女の言葉に対して小さく、雨龍の肩が震える。
そして自嘲気味に雨龍は笑い、言った。
『…もう潮時でしたか。』
彼女の両手を取り、その傷をすべて消し去りたいという願いを込めて口づけを落とす。しかしその傷が癒えるわけがなかった。
『不思議な感覚だわ。』
女は瞳を潤ませて穏やかな顔をする。
雨龍の行為になされるがまま。
『消えるなんて、あのときは思いもよらなかった。』
『……。』
『この気持ちは無くなるはずがないと思ってたわ。』
『螢…。』
彼女の瞳から白磁の肌に涙が伝う。右目からも左目からもぽろりぽろりと。
『もう、400年か……。』
_____女……螢が刀となって生き続けると決めた日から。
雪螢となった日から。あれから400年。
『ねぇ雨龍……私はもうすぐ消えるでしょう。このまえ橙色の髪をもつ少年が"殺す気"で千里を襲ったわ……。けど私、反応できなかった。』
『……。』
『研ぎ澄まされていたはずの感覚が無くなって来ている。彼は殺す気だったのに、千里の戸惑いが流れ込んで反応できなかったのよ。しかも千里は私を信じて刀を下ろしてしまった。』
死んでいたかもしれない。
雪螢は拳を震えさせながら言葉を紡いだ。
雨龍は初耳だったため、驚いたように目を大きくしたあと、考え込むように視線を下ろし頭を垂れる。
『雨龍、私は……。』
研ぎ澄まされた筈の殺気の感知。
それは誰にも自分を傷つけさせまいとする大きな意志。
大きな野望を果たすまで絶対に死ねないという意志。
『憎しみの最果て……。』
思い出したように優しく呟く雪螢。
その瞳に浮かぶのは哀愁か、それとも愛情か。
『来させてもらったことには感謝している……貴方は私の願いを叶えてくれた。』
けれど。