第11章 それは慟哭の鐘
千里side
「一人だけ生存が確認されてない……消えた遊女。」
神威は千里の顔を見つめ、呟くように、それでも真っ直ぐに言った。
頬にある彼の右手と、腰にある彼の左手が彼女の逃げ場を無くす。
「君だよね、千里。」
さぁっ、と髪が靡くほど強い風が吹いた。
木々たちが怪しく蠢く。
千里は赤い唇を強く結んだ。
返答をする気はない、その意思を彼に伝えるために。神威もそれは予想していたのか、彼女の返答を聞かずに、言葉を続けた。
「君のことも調べたよ。気を悪くするなら謝るけど。どうしても気になってさ。」
だって君は俺を殺しかけた強い女なんだもの。
耳元で彼は囁く。天然なのか、故意的なのか、千里には関係のないことだった。
胸のうちに沸々と沸き上がるのは嫌な過去。
「びっくりした、正直。まさか君にお姉さんがいたなんて。」
「……ゃめて……。」
か細い声で訴えれば神威は呆れたように、それでも切なそうに笑った。
そしてまた彼女を強く抱き締める。
「……ごめんね。」
彼はそう呟いた。かろうじて耳に届くくらいの小さな声で。
_______ごめんね。
それはどんな思いで吐き出された言葉なのか。
「……そんな言葉欲しくないから……。アンタが謝っても、死んでも……姉上は帰ってこないんだから……。」
千里は霞む視界を堪えながら、言葉を紡ぐ。神威の大きな男の手をはらうことはせずに。
「アンタが謝るのは……筋違い。アンタが今まで何人殺してきたかは私にとっては関係ない……。アンタは無関係だったのよ。関係ないの。私は命じられた通り客を殺さなきゃいけなかっただけ、たまたま殺せなかったのがアンタだっただけ。」
神威の服を握る。溢れてくる後悔を押し止めがら言葉を続ける。
「だからアンタを憎んだりはしてないから……。」
今度驚くのは神威の番だった。その言葉を聞いた瞬間、彼は驚いて彼女を見つめる。視線が絡み合い、交わることはなかったが、千里には神威が目を見開いている様子がはっきりとわかった。
当たり前の反応だと千里は思う。
でも彼女にとって神威を恨まないことは逆に"当たり前"だったのだ。