第11章 それは慟哭の鐘
千里side
あのあとすぐに桂と別れ、千里はあるところを訪れていた。
本来なら来てはいけない場所なのだが、気になってしまったから仕方ない。
バレなければいい、バレなければ。
近くの家の屋根の上で隠れながら、呼吸を落ち着かせながら、言い訳のように思う。視線を目的の場所にうつせば、黒い隊服をきた男がぞろぞろいて。
危険なことをしているという自覚はある。けれどひとつだけ、どうしても気になっていることがあったのだ。
「総ちゃん……。」
分かっている。
矛盾していることは十分。自分の心と自分の言動と。
でも、でも。
「ん……見えん。」
栗色をした髪の毛を持つものは見えない。
それどころかタバコをふかした人もいない。
「チクショー、見廻りかぁ?」
愚痴るようにいう千里。しかしそれに返事をするものはどこにもいない。
「……帰ろうかな。」
一人きりに寂しさが浮かび、宗の顔がよぎったことで、千里は視線を落とした。日はすこし傾き始め、下にいる子供たちは家に帰り始める時間帯。その子供たちの姿に昔の自分を重ねながら、小さく肩を落とした。
覚悟はもうとっくにしていたし、今の関係に後悔はない。それでも暖かな想い出は消えてくれなくて。消そう、消そうと思えば思うほど消えなくて。
自分で捨てたくせに、どうしても彼らの手を無性に引きたくなるときがあって。
宗がいるのに何て自分は罰当たりなんだろ。
そんな感情と感情がぶつかり合って嫌悪感が生まれる。
はぁ、と短く千里はため息をついた。
そして重たい腰をあげ、軽やかに地面に降りる。ほんの少しだけ砂ぼこりが舞って、空気を揺らした。
赤い花柄の着物をきた女の子と、藍色の服をきた男の子が目の前を通りすぎていく。二人とも最高の笑顔だ。
『待ってってば!総ちゃん!』
『千里が遅いのが悪いんでィ。』
懐かしい会話が甦り、歯を食い縛る。
今頃彼は何をしてるんだろうか。
傷が思っていた以上に深いのか、それとも元気を取り戻して稽古でもしてるのか。ちゃんと見廻りにいってるのだろうか。
なんにせよ次会うときも敵同士なことにはかわりない。
「バイバイ、総ちゃん。」
呟くように言葉を放ち、千里は屯所に背を向け歩き出した。
一人の女の影に気づくことなく。