第11章 それは慟哭の鐘
桂side
忘れたくても忘れられない。
心に楔を打たれて、この痛みさえ思い出で。
喉に熱いものが込み上げた。
それと同時に安らかな思いさえ生まれる。
あの過去が辛いものには代わりない。
それでも_________________……。
「忘れなくていいよ。」
凛とした声が響く。
驚いてそちらの方を見れば、彼女はしっかりこちらを見ていた。
真っ黒な瞳が淡い光に反射して揺れる。
桂が声を忘れてその瞳に飲み込まれていると千里が手に持っていたハンカチを机において、自分のハンカチを取り出した。
臼桃色の花びらが舞うハンカチ。
むっと口を結びながらこちらにつきだしてくる。わざとらしいのは桂自身の真似なのだろうか。
「なんの真似だ?」
「……私"プライド革命"歌うから、マイク貸せ。」
返事とは呼べない返事をし、千里はマイクをぶんどる。
その耳が少し赤く染まっていた。
くくっと桂は顎に手をつけて笑う。
「慣れてないな、さては。」
「……なんの話。」
「宗はこんな表情はしないのか。だから慣れてないんだな、お互い様か。」
「うっさいなぁ、これでも遊郭一人気だったのに。」
その言葉に桂の肩が大きく跳ねた。
一方彼女は表情を変えずに桂を見つめている。
桂の心に驚きが広がり、目をそらすことを忘れ、彼女のことを考えた。
今、自分から過去のことを。
そんな桂の驚きを察したのか、それとも気まずさを感じ取ったのか、千里は補足するように言葉を紡いだ。
「これで、おあいこ。」
いつもとは違う、無垢な笑み。
長い睫毛が微かに震え、顔に純朴さと仄かさが浮かんでは消える。
そして、真っ黒な絹のような滑らかな髪を靡かせるようにして前を向き、画面に体を向ける彼女。
横に音程と歌詞がゆっくりと現れる。
彼女の唇から言葉がこぼれだす。
華奢な体からハッキリとした声がその場を支配するように甘く広がっていく。
桂の喉がごくりと縦に動いた。
やましい気持ちがあるわけではなく。
先程の笑顔に、今更ながら心震えて。
これはどういう意味なのか。
ただ単純に気まぐれか。それとも彼女なりのポリシーなのか。
ギブアンドテイク、そんな精神だったのか。
何にせよ。
桂はゆっくりと彼女を見上げた。
わかっていたことだった。
予想はずっとついていた。