第11章 それは慟哭の鐘
千里side
「夢、か。」
ポツリと千里は呟いた。
ゆっくりと状態を起こせば、さらりとした黒髪が肩の辺りをこぼれていく。
いつも見ている夢ほど辛くはないものだが、あまりいい気分ではない。
千里は首だけを動かし、回りを一周だけ見た。宗がいないことを確認する。
そして、彼の名を呼んだ。
「神威……。」
狂気に満ちた笑みも。
殺気に溢れた瞳も。
何一つ忘れられずに千里はいた。
親を手にかけようとし、仲間を殺し、好きなだけ血に囲まれた生活を送っていた神威。
修羅という名の怪物。
それでも血を追い求め、強さを求め、ただただ純粋に殺戮だけを求める彼。
忘れられるはずがない。
彼を殺したかったのか、と問われれば私は迷ってしまう。
姉上が死んだ今、心は揺れる。
もしも千里が普通の女の子として神威と会っていれば嫌悪したに違いない。
あんなおぞましいことをして千里は千鶴を傷つけてしまった。
それを好んでやるものを心のそこから侮蔑し、軽蔑し、すぐに忘れただろう。
しかしその時の千里は"普通"ではなかった。
いや、見た目は少し境遇が気の毒な"普通"の女の子だったかもしれない。
しかし心は"普通"ではなかった。
真っ黒に汚れた"鬼"だった。
「あーぁ……。やなこと思い出したー!」
思いきり布団に飛び込む。
少し固さを持った布団は優しくは受け止めてくれなかった。
鈍い音と同時に顎にずきずきとした小さな痛みが広がる。
「はぁー。」
畳に"宗"とひとさし指で綴った。
特に何かあるわけではなかったが。
書き終えて少し凝視したあと、ごろんと体制を入れ換え、上を見上げた。
いつもと変わらない天井。
端にある小さなシミが変わらずあって。
「……起きよう。」
誰もいないくせに宣言するように言葉を紡ぐ千里。そして宣言通り、少ししてその場から起き上がった。
その瞳には微かに哀愁が浮かんでいた。
空には燦々と太陽が浮かんでいる。
真っ青な空が平等に降り注ぐ。
暖かな柔らかさを身に纏って。
今日という一日が始まろうとしていた。