第10章 重なる影
松平side
その時、すぱーん!と心地よい音をたてて扉が開く。音のもとをたどって視線を向ければ、そこには松平がふすまを開けて立っている。
「とっつぁん……。」
「けっ、辛気くせぇのなんのって。」
ふー、とタバコの煙と共に息をはく松平を直視できなかった沖田はまた小さく視線をそらした。
松平はそんな沖田を見て呆れつつ、言葉を放つ。
「これァ俺の独り言だ。」
大分大きい声を発しながら、松平はそう言った。何のことか分からない土方と毛ほども興味ない様子の沖田を松平は一瞥し、続けた。
「俺の下につく忍が教えてくれたんだけどよ、そよ姫様に新しいご友人が出来たらしい。そいつは大層な美人でな、サクラっつー名前でとおしてるんだと。」
サクラ。
薄桃色の花弁が土方の脳裏に浮かんだ。
一方松平は呼吸をひとついれてから続ける。
「まぁ彼氏がいるらしいんだがな。万事屋も惚れてるっつー話だ。」
「あのズボラと付き合うなら大変そうだな。」
適当に相槌を打つ土方をよそ目に沖田は興味無さそうに視線を落とした。
そんな鈍感な二人に肩を落とす松平。
いつもは鋭い沖田がここまで勘づかないのは盲目を含んでいるからだろうか。
仕方なし、すまんな嬢ちゃん。
と独り言を呟いて二人に向き直り、言った。
「さっさとその傷治せ、心配してたぞ。」
「……は?」
大きく目を見開き、驚く沖田。
土方はすべての動きを止める。
その視線を受け止め、松平は続けた。
「お見舞いには来る気はないみてぇだがな。」
「とっつぁん。」
「ったく不器用というかなんというか。天の邪鬼か。」
「とっつぁん。」
「そよ姫が捕まえにいく宣言をしたらしい。早く治して見廻り行け。」
「とっつぁん。」
「諦めるな。守れるだろ。」
弱々しく言葉を発する沖田を大きな手で一撫でする松平。
小さく肩が震えたが、気がつかないふりをして。
「大事なものから目をそらさなくていい。」
色素の薄い茶色の髪が松平の傷だらけの手によってぐしゃぐしゃと髪型が崩れる。
「と、っつぁん……ッ……。」
「お前には、
仲間がいるだろうが。」
堰が切れたのか土方がいるのも気にせず、複数の気配に気がつくことなく、沖田は涙を流した。真っ暗闇の空が雨を降らすように。
止めどなく溢れる涙を彼自身止めようとしなかった。