第10章 重なる影
銀時side
「抹茶ミルクだけでいいのか。」
沈黙に耐えきれなくなった銀時はさりげなく話題を振った。彼女もその意図が読めたのか肩を竦めつつ、
「じゃあ抹茶パフェ追加で。」
と返答をする。
あまりに重々しい空気だと他の人に怪しまれる、彼女も承知の様子だった。
なんせ先の神楽によって発せられた音に服部だけではなく店長の視線も此方に寄せてられている。これ以上空気を汚し、視線を集めるのはどちらにも避けたいところだった。
「しっかし今日は天気がいいなぁ。」
棒読みにも近い言葉を銀時が紡げば、やはりここは大人なのだろう、千里は軽く「そうですね。」と答える。
「最高気温はいくつだっけ?千里天気予報見た?」
「さぁ?見ていません。それと名前で呼ばないでください、馴れ馴れしい。」
大きな瞳を鋭くさせ、銀時を睨む千里。声は小さかったが怒りがにじみ出ていた。
「ほんじゃあ何て呼べばいいんだ。」
ここまで徹底するかと多少あきれながらも銀時は問う。
千里は一瞬考えるそぶりを見せたあと、
「サクラ、よ。」
と言葉を紡いだ。
男物の着物を着ているのに女のような名前を選んでしまったのはミスだろうか。
それとも本心からなのか。
彼女が女としての幸せを見失っていない可能性に安堵しつつ、銀時は心の中で頬を緩めた。
「……聞きたいことがあるんです。」
そんなとき、そよ姫の真剣な声が響いた。
いつも緩めている頬を張り、大きな目を開いて真っ直ぐに千里を見ている。
一般人には醸し出しようのない雰囲気が彼女を包むように、守るように、その場を支配した。
「何。」
しかし千里はそれに気圧される様子も、戸惑う様子もなく問う。
真剣な瞳と違って凍てつく吹雪のような、氷の礫のような視線。
二人には大きな溝が存在していた。
そしてそれをはっきりと写し出そうとしているのは千里の意思のヒトツ。
______けれど。
「どうしてわたしを殺さなかったんですか。」
それを飛び越えようと、理解しようとしてそよ姫はここに来た。
その意思は軽く千里を上回る。
大罪だと分かっていてここにいる。
危険だと知っていてここに来た。
彼女のかけるものも、大きい。