第11章 カウンター
階下に母親がいることなど一瞬で消し去るほどの囁きに、無いに等しい理性が弾けとぶ。
「結、っ」
ブラウスの裾から右手を潜りこませて、直接触れる肌を指先でたどりながら、もう片方の手でスカートの上から双丘の形をなぞるように這わせる。
このやわらかさは罪──いやオトコの理性を砕く凶器だ。
「ン、んっ」
「しっ。声出しちゃダメっスよ」
「だって、手……っ」
花びらのように舞うスカートの裾から、自分だけの柔肌を味わおうと、手のひらを奥へと滑らせたその時。
「ふたりとも~お茶にするわよ。降りてらっしゃい」と階下から高らかに響く声に、ふたりで同時に目を開ける。
「……っ」
「ハハ、残念。ジャマが入ったっスね」
照れたような、名残惜しいような、複雑な色をその瞳に湛えて、乱れた髪を耳にかける仕草に、さらに反応する黄瀬の下半身は、いたって正常な男子の証拠だ。
「でも……どーしたんスか、結。今日はスゲー積極的」
「私だって……キス、したくて我慢できない時もあるんです」
「へ」
彼女は何を言っているのだろう。
ニヤけることも忘れ、呆然と横たわっていると、挑むように顔を近づけてくる彼女の黒髪に頬を撫でられて。
「ちょ、っ……」
左耳のピアスを揺らしながら、チュッと音を立てて落とされるキスに、黄瀬は不覚にもベッドの上で小さく跳ねた。
「好き」
「!!」
「参ったか」
「……ま、参ったっス」
降参のポーズをする黄瀬をベッドに残し、小さくガッツポーズを作りながら何食わぬ顔で立ち上がる恋人に声も出ない。
「先に下、行ってますね」
「へ?ちょ、待って……っ」
「涼太の顔、さくらんぼみたいに真っ赤ですよ」
「!?」
ふわりと爽やかな香りを残して、ドアの向こうに姿を消す小さな背中を、ぽかんとした顔で見送る黄瀬にイケメンモデルの面影は一ミリもなかった。
「この前、涼太に好評だったから、チェリーパイにしてみたの。結ちゃんはサクランボ好きかしら?」
ガタガタっと二階まで響く音に、ようやく我に返って小さくふきだす。
また躓いてひっくり返ったのだろうか。
「ホント……結には完敗っスわ」
ベッドに仰向けになったまま、黄瀬は緩みきった頬を隠すように、自分の腕で顔を覆った。
end