第9章 ラッキーアイテム
「ほら。もっと舌を使って」
「駄目、そんなの出来ない。もう無理ぃ、うぅ……ん」
「ちょっ!な、なななな何言ってんスか!?」
ガタガタッという盛大な音とともに椅子から転がり落ちたのは、言わずと知れた全国区の人気モデル。
「そ、そ、そこのふたり!いい加減にするのだよ!」
そして、いつも冷静な緑間まで動揺させているというのに、その原因を作った桃井と結は「きーちゃん大丈夫?」「何してるんですか?」と床に転がる黄瀬を冷たい目で見下ろした。
「もー!ビミョーな会話やめてくんないスか!」
「アホか」
「青峰っちは黙ってて!」
ヨタヨタと這い上がった黄瀬は、桜色に染まった頬でキャンと鳴いた。
今が旬の果物、サクランボ。
『知り合いにたくさん頂いたので、良かったら食べに来ませんか?追伸:蟹座の方は是非お越しください』
結の連絡を受けて集まったのは、蟹座の緑間をはじめ、青峰と桃井、そして黄瀬涼太。
彼らの目の前には、山と積まれたピンク色の果実が、早く食べてくれとばかりに輝きを放っていた。
「なかなか難しいんですね、コレ。舌が疲れました」
「慣れたら簡単に出来るようになるんだけどなぁ~」
ハート型に結んださくらんぼの茎を、ペロリと出した舌の上で披露する幼馴染みから、青峰は興味なさげに顔を逸らした。
「さつきじゃエロさが足んねーな」
「大ちゃんってば酷い!」
「そもそも呼んでもいないアホ峰さんが、どうしているんですか?」
「オイ!俺をアホ呼ばわりするんじゃねぇ!」
桃井の隣で、結に図星をさされた暴君のこめかみに怒りの青筋が浮かぶ。
その向かいでは、今日のラッキーアイテム『旬の果物』を黙々と食する男が、テーピングされた左手で眼鏡をくいと押し上げた。
「いや。彼女の言っていることは、あながち間違いではないのだよ」
「緑間!テメェ、どさくさに紛れてナニ言ってんだ!」
緑間の絶妙な、そして的確なツッコミに、結は心の中で拍手を送った。
「てかさ、ココに緑間っちがいることにビックリっスよ。結とはどこで知り合ったんスか?」
「黄瀬に説明する義務はないのだよ」
「ヒドっ!」
「変わらないね~。きーちゃんのいじられキャラ」
少し騒がしい、だがそれは穏やかな時間だった。