第8章 コール
くぅくぅと小さな口から寝息が聞こえてくるのに、そう時間はかからなかった。
と、その時を待っていたかのように、枕代わりの左腕がピクリと動く。
「はぁ……」
大きなため息とともに、黄瀬はその腕で細い肩をゆっくりとつつみこんだ。
「も……なんスか、この仕打ち」
幸せそうに眠る顔を見ているだけで胸が満たされる。
(無邪気な顔しちゃって……)
その頬を、指で突いたり摘まんだり。ついつい遊んでしまうのは、彼女の寝顔が可愛いせいで、自分に責任はない──はずだ。
「ぷ、に……ゃ」
小さな唇からこぼれた変声は、自分が仕掛けたイタズラのせい。
咄嗟に手の甲を口に押しあてると、黄瀬は笑いを噛み殺した。
(あーぁ。また悪いオオカミに食べられても知んないよ)
そんな思いとは裏腹に、腕の中の髪をかきよせる黄瀬の指はどこまでも優しくて。
「……おやすみ」
恋人を起こさないようにお返しのキスをひとつ。
黄瀬は愛しい温もりを抱きしめながら、ゆっくりと瞼を閉じた。
11:00 a.m.
フロントからチェックアウトの時間を知らせる電話が鳴り響くまで、ふたりは抱き合ったまま幸せな眠りを貪った。
end