第6章 ワンコ
「……ごめんなさい」
「なんで結が謝るんスか」
玄関まで見送りに出て、申し訳なさげに下げる小さな頭を、黄瀬はポンポンと優しく叩いた。
「だって……」
「結が家族に大事にされてんの、ちゃんと分かってるから」
「……黄瀬さん」
「ま、別の意味でナかせるかもしんないけど」
「は、い?」
キョトンとする恋人をこのまま拐ってしまいたい衝動に駆られ、ぴくりと指先が弾ける。
しばらくご無沙汰で、悶々としているのは自分だけなのだろうか。
「なんか……ズルいっス」
黄瀬は、子供のように口を尖らると、まだ意味が分からないという顔の恋人をふわりと抱きしめた。
「っ、黄瀬さ……」
「ベッドの中で、またイイ声で啼いてもらうから……覚悟してて」
「!?」
これくらいの意趣返しは許されるはずだ。
耳許で囁くと、少し赤くなった耳朶を口に含んで甘噛み。
そのやわらかさに目眩がする。
「ひゃ、ん」
「も〜そんな声で焚き付けたらどうなるか……分かってるよね?」
「だ、駄目……待って、ちょっと待って」
どさくさに紛れてキスしようとした黄瀬は、胸を押し返す小さな手に、自分の手をそっと重ねた。
「ダメ?」
お預けをくらった犬ようにうなだれる黄瀬に、唇に人さし指を立てて沈黙を促す彼女の瞳が鋭さを増す。
「ん?」
首を傾ける黄瀬を置いたまま、結は忍び足で家の中へと戻っていった。
リビングへ続く扉を開けた途端、折り重なるように転がり落ちたのは、健気な兄と能天気な母親。
「やっぱり……」
「うわっ!こんな漫画みたいなこと、リアルにあるんスね!」
「こんなところで仲良く、何してるの?」
結に上から見下ろされて、ふたりはバツが悪そうな顔で微笑んだ。
「結。ご飯よ〜、なんつって」
「お、俺は自分の部屋に行くところだったんだからな!覗くとかそんな野暮な真似は……」
頭上から降り注ぐ無言の怒気に、母も兄も「「ゴメンナサイ」」と罪を認めた。
「ぷっ、結の家族はサイコーっスね」
キスがお預けになってしまったのは残念だったが、今日はおとなしく退散した方がよさそうだ。
(次は逃がさないっスよ)
ひらひらと手を振りながら、黄瀬はさわやかな笑顔で玄関を出て行った。
end