第5章 モデル
「そういえばさ、このガッコにキセリョの彼女がいるって噂あるんだってな。お前知ってた?」
「キセリョって……あぁ、モデルの?そのコなら、俺知り合いかも。ただ、ホントに付き合ってるかどうかは知らねーけどな」
大学の広い敷地を、たわいもない話をしながら歩く男子生徒の姿。
それは、ごく普通の光景だった。
「マジか!スゲー色気のナイスバディな美女とかか?ん……でもそんなコ、このガッコにいたっけ?」
「お前な……」
呆れた顔で返事をしながら、彼は話の中心である当の本人のことを思い浮かべて首を捻った。
彼女は『スゲー色気』や『ナイスバディ』からはほど遠い、ごく平凡な女の子だったからだ。
「なんつーか……普通だよ。普通に可愛いんだけどさ、なんかお前が思ってるようなコじゃねーんだって」
彼女の魅力は、その人となりを知った者にしか理解出来ないだろう。
その噂を彼女自身は否定していたが、『火のないところに煙は立たない』という印象を受けたことは、胸にしまっておいた方がいい気がする。
(人気モデルだかなんだか知らねーけど、あのコを選んだの分かる気がするわ)
飾り気のない性格とあどけない笑顔を思い出して、彼は自分でも気づかないうちに口元を綻ばせていた。
「じゃアレだ、脱いだらスゴイ!的なヤツか」
万が一、本人と会う機会でもあれば、こちらの彼はおそらく卒倒するに違いない。勝手な思い込みというのは迷惑な話だ。
「キセリョ堕とすって、そりゃテクがいいに決まってるしな」
「おい、変なこと言うなって。噂だって言ってんだろ。そもそもアイツは全然そんなんじゃねーし」
「スッゲーエロいご奉仕してくれるんじゃね?」
この程度は男子の好む話のネタであって、彼に決して悪気があったわけではない。
たしなめる友人の忠告も聞かず、彼はひとりで盛り上がっていた。
だが、結を迎えに来ていたキセリョ本人の耳に、運悪くその会話が届いてしまったのだ。
「今、なんつった?」
ふと影がさしたかと思うと、頭上から降ってくる怒気を含んだ低い声に、ふたりは凍りついたように足を止めた。