第51章 キスミー
「ちょっとキザだったっスか?」と首をかしげ、湯気を立てるカップに口をつける黄瀬を追いかけるように、結もカップに手を伸ばした。
コクリとコーヒーを飲み干したふたつの唇が、同時に息を吐く。
「そんなことない……です。すごく嬉しい……」
「そ?なら良かった」
肩で息をついて、安堵の色を浮かべる瞳から逃げるように、結はもう一度カップに口をつけた。
「あ。でも、バスケか結かどっちか選べって言われたら、迷わず結をとるけどね」
「ん、ぐ……ごほっ」
コーヒーが喉に絡んで軽くむせる。
向かい側で、必死で笑いを噛み殺している恋人を、結は涙目で睨んだ。
そんなことを言われたら、たとえ冗談だと分かっていても頬が緩む。
「あ。その顔、冗談だと思ってるっしょ?オレのこと甘く見ないでくんないかな。結が嫌だって言っても、もう絶対に逃がさないっスよ」
「勿論ベッドの中でも、ね」と軽くウィンクされて、全身が心臓になったみたいにバクバクと鼓動が鳴り響く。
こんな時、どういう反応をすればいいのか、一体いつになったら分かるのだろう。
(お掃除ロボットだって学習する時代なのに……)
せめて、ささやかな人類の逆襲を。
「の、望むところです……」
「ちょっ!だからその爆弾発言やめて!?今すぐキスしたくなるじゃないっスか!」
「こ、声が大きいですっ!」
周囲から集まる視線がチクチクと刺さる。
「あ~、マジでキスしたくなってきたっス……」とテーブルに突っ伏して、深い溜め息をつく黄瀬の髪に触れようとした手を、結はそっと引っ込めた。
息が止まるほどの幸せを
喜びで溢れる胸のうちを
(いつか、ちゃんと伝えられる日が来るといいな……)
そんな思いをまるで見透かしているかのように、こちらに顔を向けてクスクスと笑う恋人の額に、結はペシリと伝票を貼り付けた。