第48章 オンリーワン
「じゃあ」
少しトーンを下げた母親の声に、黄瀬は眉を顰めた。
「もしも涼太が、ここから遠く離れたところに行くって言い出したら、結ちゃんはどうする?」
(ぶは……っ)
せっかくの甘い雰囲気を台無しにする話題に、黄瀬は毛布の中で盛大に噴き出した。
(ちょっ、ナニ勝手なコト聞いて……っ!)
いくら親とはいっても、さすがに首を突っ込み過ぎだ。
まだ未成年の身で、何もかも親に頼っている立場だという自覚はあったが、それとこれとは話が別だ。
話を中断させるため身体を起こそうとした黄瀬は、「わたし、は……」という弱々しい声に、ブランケットにかけた手を止めた。
一部リーグに属する大学の推薦や、実業団からのオファーに加え、バスケットボール協会を通してNBAからスカウトの話がないわけではなかった。
これが二年前なら、NBAなんてカッケーっスねと軽い気持ちで、その選択肢を選んでいたかもしれない。
(でもオレは、あの頃のオレとは違う)
そして、ただ黙って先輩達の背中を見送っていたわけでもない。
自分なりの決断はもう済んでいる。
後は、彼女に伝えるだけだ。
だが、たとえどんな道を選んだとしても、彼女はきっと背中を押してくれる。
そんな根拠のない確信をいだきながら、ふと頭をよぎるのは一抹の不安。
結からどんな返事が返ってくるのか、どんな反応を見せるのか。
それは、ただ知りたいというシンプルな欲求だった。
「結ちゃんは、お父さんの後を継ぐつもりだって前に言ってたけど、その場合、少なくとも五年は動けない計算になるわよね。どうする?涼太がもし、ついてきて欲しいって言ったら」
(これって盗み聞き……?いや、不可抗力だ)
そんな身勝手な言い訳をしながら、黄瀬は彼女の返答を固唾を飲んで見守った。
何もかも捨ててついて行くと、そう言ってくれるのだろうか。
(違う、そうじゃない……オレは)
「黄瀬さんは……」
粘つく唾液を飲みこむ音が、身体の中から鼓膜をざわざわと揺らす。
「私にとって何者にも代えられない、たった一人の大切なヒト、です。でも……」
期待と少しの不安に高鳴る胸を押さえながら、『でも』の続きを聞くために、黄瀬はその耳を澄ました。