第45章 ルージュ
「笠松さん!お久しぶりです!」
笠松の男らしい雰囲気に、よく似合っている短髪は、瞳と同じ深い黒。
もっとも、髪を染めた彼など、誰にも想像できないだろうが。
「お、おう。久しぶりだな」
一瞬、口ごもった笠松が「……うまくやってるようだな」とポツリとこぼした声は、当然ながら誰の耳にも届くことはなかった。
「ところで、黄瀬のバカはどこにいんだ?水原をこんなところにほったらかして」
「今、着替えに行ってます。笠松さん、おひとりですか?」
「いや、森山と来たんだが……」
「女子を追いかけて、はぐれたとか?」
「ま、そういうことだ」とあの頃よりも大人びた笑顔を、少し淋しく感じてしまうのは、この季節特有の感傷だろうか。
「変わんねーな。ここは……」
体育館を見上げる瞳を追いかけた結は、「そうですね」と安易に同意しようとした言葉を飲み込んだ。
今は施錠されている扉の向こうで、甘く激しいキスに夢中になっていたのは、ほんの数分前の出来事。
あの瞳に見つめられるだけで
あの声が耳に触れるだけで
すべてを捧げ、すべてを奪われたいという感情に囚われてしまう自分に、今さらながら足が震える。
『オレの部屋連れてくの決定、ね』と囁く声が甦り、一気に熱をぶりかえす頬に、結は手のひらを押し当てた。
「顔が赤いな。大丈夫か?」
森山ならおそらく、その原因をあっさりと見破っていただろう。
ここにいるのが笠松で良かった、と結は若干失礼な事を考えながら「だ、大丈夫です」とわざとらしく咳払いした。