第44章 フェスティバル
「なんて顔してんスか……ったく」
腕の中から見上げてくる瞳の色に、頭の中でカチリとスイッチが入る。
それは持ち主でも制御不可能な、衝動的な欲求。
だが、迂闊な行動は、大切な彼女の首を絞めることにも繋がりかねない。
今すぐキスしたい感情を喉の奥に飲み込むと、ポケットに突っ込んだ手で小ぶりの金属の存在を確認。
主将権限で持たされている体育館の鍵を、私的に使用しようとしていることにしばし葛藤した後、黄瀬は迷いを振り払うように唇を小さく噛んだ。
「結、こっち」
「え……何」
手際よく錠を外し、鈍い音をたてて開く扉に、良心が痛んだのは一瞬だった。
「だいじょーぶ。別に取って食ったりしないから」
やや強引に引き込んだ結の身体を、扉についた腕で逃げ道を塞ぐ。
「でも、ちょっとだけキス、させて」
「……っ」
ぶわっと朱に染まる頬に誘われるまま、奪った唇の甘さに一瞬で酔いしれるのはいつものこと。
ふわりと舞った長い丈のマントが、まるで拘束するように細い身体に絡みついた。
「……ん、ぁ」
「んなエロい声出したら、ちょっとじゃ済まなくなるんスけど」
「そ、んなこと……ない、ン」
「髪もふわふわで……もしかしてオレ、誘惑されてる?」
肩先で揺れる髪に顔をうずめると、黄瀬は鼻先で探りあてた耳をぺろりと舐めた。
「や……あ、っ」
「ホラ、その声」
唇ではさんだ耳朶を、叱責するように引っ張ると、その愛撫から逃れるように顔を逸らせた恋人の首筋の白さに目がくらむ。
噛んで
啜って
すべてを奪いつくしたい
唐突に訪れる喉の渇きに、太い首がゴクリと蠢く。
あまりのリアリティさに腰を抜かす女子が続出したため、フェイクの牙を外すことになったのは、不幸中の幸いだったかもしれない。
目の前に捧げられた首に息を吹きかけると、黄瀬はその柔肌を傷つけないように軽く歯を立てた。