第44章 フェスティバル
「へ。うちのクラスの宣伝衣装って、コレ?」
教室で待ち受けていた女子から手渡された衣装に、黄瀬は目を丸くした。
「客寄せパンダするって言ったの、忘れてないわよね」
「……はいっス」
それは準備中に交わした軽い口約束。
お祭り騒ぎは好きなくせに、地道なことが苦手な黄瀬は、連日の作業に落ち着きなく身体を揺らした。
『あぁ、早くバスケしてぇ』
『黄瀬。ちゃんと手動かせよ』
『あと少しで飾りつけも終わるし、黄瀬くんは部活行ってもいいわよ。その代わりといっちゃなんだけど、当日の宣伝を頼める?』
『マジで?オレ、客寄せパンダでもなんでもするっスよ!』
『頼りにしてるわ』と柔らかな声に反して、キラリと光るふたつの瞳。
『お、おい……黄瀬』
『じゃ、お先っス!』
周りの、警告を促すような視線に気づくことなく、黄瀬はヒラヒラと手を振りながら教室を出ていった。
「さすがに、ちょっと目立ちすぎじゃないスか?」
人に見られることは苦手ではない、むしろ得意分野。
問題なのは、あっという間に女子に囲まれる姿を、恋人にはあまり見せたくないということだ。
「黄瀬くんの、青のユニフォーム姿が見たいって希望もかなりあったんだけど、今年は全体的に統一感を出そうって実行委員の指針に乗っかって、このスタイルに決まったの」
いつ、何処で、そんな話し合いがあったのかは、聞いてはいけない気がする。
それはオトコの直感だった。
「そ、そっスか……」
「その代わり、午後はフリーにしてあるから」
「え。いいんスか?」
「聞いてるわよ、彼女が来るって。外野が騒がしいかもしれないけど、最後の海常祭、ふたりで楽しめるといいわね」
困ったことがあればうちのクラスで匿うから、と頼もしい委員長の言葉に、黄瀬は心からの笑みを見せた。
「ありがと!オレ、頑張って目立ってくるっスわ!」
「いいのよ。私達は黄瀬くんのこの姿が見られたら」
「ん、なんか言った?」
「ううん、何でもない。さ、そろそろ着替えてきて」
「了解っス!」
うまくのせられたことには目を瞑っておこう。
(でもコレ、結構よく出来てんなぁ。こんな小道具まであるし)
「最後の海常祭、か……」
黄瀬はわずかに目を細めると、ズシリと重い衣装を抱えて控え室へと向かった。