第38章 マジバ
一秒でも早く側に
叶うなら、その身体をすぐに抱きしめたい
「ごめん。オレ行くっスわ」
勢いよく席を立った黄瀬は、来た時と同じように集まる熱い視線を軽くスルーしつつ、テーブルの間をすり抜けた。
トレーを片付けながら、視線は店に入ってきた小さなシルエットを捉えたまま。
誰かを探すようにキョロキョロと動いていた瞳が、自分の姿を認めてやわらかい弧を描く。
もういてもたってもいられない。
黄瀬は、頬を染める恋人の元へ、一目散に駆けていった。
「相変わらず騒がしいな、黄瀬のヤツ。何だったんだ、一体」
「ここで、水原さんと待ち合わせしてたみたいですよ。わざわざ東京まで迎えに来るなんて、意味が分かりませんけどね」
ふ~んと気のない返事をしながらも、ぴくりと反応する特徴的な眉を、澄んだ瞳は見逃さなかった。
自他ともに認めるバスケ馬鹿の、自覚する前に終わった淡い恋心を気遣うように、黒子は静かに微笑んだ。
「残念でしたね、火神君。久しぶりに水原さんに会えるチャンスだったのに」
「お、俺は別に……もう、ふっ切ってっし」
「語るに落ちる、ですね」
「ん?」
夏バテとは縁のなさそうな胃袋に、ふたつ目のハンバーガーをおさめた誠凛のエースに溜め息をひとつ。
と同時に、制服の上からでも分かるほど身体を作り込んでいる海常のエースの姿に、黒子はその顔をわずかに引き締めた。
「手強いですよ、今年も海常は」
「分かってるよ。んなコトは」
だらしなく緩んだ顔とは裏腹に、今年は主将として海常を率いるその背中に死角は見当たらない。
火神は、近いうちにコートの上で戦うであろうライバル達の姿を思い浮かべ、不敵に笑った。
「しかし、その……カタルに落ちるってのは何だ?」
「そんなことも知らないんですか。期末試験はマークシートじゃありませんから、緑間君のコロコロ鉛筆は使えませんよ」
「う、うっせーな。帰国子女に日本語は難しすぎんだよ!」
日本に帰国して二年を過ぎたというのに、国語の点数に回復の兆しは一向に見られない。
そして、いまだに“能率”の読みに迷う火神の苦手科目はそれだけではない。
「日本語──は?」と呆れ顔の黒子から目を逸らすと、火神は無言のまま次のハンバーガーに食らいついた。