第34章 トラップ
『黄瀬涼太は今の彼女に本気モードらしい』
そんな噂をものともせず、黄瀬に猛烈なアプローチをかけていた他校の女子生徒は、学園内でマドンナと呼ばれるほどの容姿の持ち主だった。
だが、自信があった美貌に見向きもされず、そのうえ偶然目にしたふたりのキスシーンにプライドを傷つけられた女は、取り巻きらしい男ふたりを連れて海常に乗り込むと、たくみに結を校舎裏に連れ込んだ。
それは三ヶ月ほど前のこと。
結の機転と、笠松達のおかげで事なきを得たのは、果たして運が良かったと言えるのか。
正解は、ない。
震える手に、力強く重なる大きな手。
「結、詳しく話してくれる?そのコがうちの制服だったってのは聞いてたけど……間違いないんスか?」
短い時間で冷静さを取り戻した黄瀬の、落ち着いた問いかけに、結は乾いた唇から言葉を絞り出した。
「……は、い。顔を見たのは一瞬だったんですけど……多分」
真っ青な顔で、声をかけてきた女の子の表情を忘れたことはなかった。
あの時、自分の事しか考えられなかったことを何度責めただろう。
あんな行動を取った理由は必ずあるはずだ。
脅されていた?弱味を握られていた?その真実は彼女にしか分からない。
どうして彼女の本当の気持ちに気付いてあげられなかったのだろう。
その苦い思いは数ヶ月経った今も、消えることはなかった。