第29章 リーダーシップ
「おはようございます」
「あ、結!はよ〜」
「大きな声で名前呼ばないでください」
不機嫌な顔をする女性が、海常の卒業生で、黄瀬がベタ惚れの彼女だと新入部員が知るのはそれから間もなくのこと。
「なんつーか、意外。あのヒトならもっとこう……」
首を捻る一年生に同情するように、「ま、すぐに分かるさ」と笑う二年生は先輩の顔で頷いた。
「後片づけは、結がしなくてもいいんだってば!オレに貸して!」
「じゃあボールを」
「ちょっ、聞いてる!?オレの話!」
取り上げたモップを腕に、ボールまで片付け始める黄瀬のフットワークに唖然とする一年生達。
「もう尻に敷かれて、ますか?」
「……ま、そうかもな」
「でも、コートの上じゃ別人だからな。黄瀬センパイのプレイ目の前で見たら、お前らマジで腰抜かすぞ」
「う〜、結。なんでそんな冷たいんスか」
「新入部員に示しがつかないでしょ?特に今年はキャプテンとしてビシッと……」
ボールが入ったカゴを倉庫の奥に押し込んで、主将としての立場を説こうと顔を上げた結は、扉の死角であると確認済みの、抜け目のない瞳に射貫かれて思わず口ごもった。
「な、何ですか」
「そういえば結ってさ、最近エロいこと言っても泣かなくなってきたよね」
ピクリと跳ねる肩に触れる意味深な手に、体温が上がるのは必至。
「アレ?真っ赤じゃん。厳しいマネージャーのこんな顔知ってんの、オレだけだと思うとたまんないっスわ」
「う、あ」
「ねぇ……これからウチ来ない?今日は夜まで誰もいないんスよ」
不意討ちの逆襲と、誘惑の甘い声。
ひとつに結んだ髪の先を、長い指でクルクルと巻かれて、問答無用で頷いてしまいそうになるのはどんな仕掛けなのか。
「髪、また伸びたね」
伏せた長い睫毛が、ふたつの瞳に妖艶な影を落とす。
「い、行……きません」
「え?あ、結!待って!」
腕の中からするりと抜け出したツレない猫を、全力で追いかける毛並みのいい大型犬に、諦めの声が上がる。
「あ〜、また尻尾振っちゃって」
呆れながらも温かく見守ってくれる仲間達に囲まれながら、歴代の先輩達に託された想いを胸に、黄瀬の新しい──そして最後の一年が始まろうとしていた。
end