第29章 リーダーシップ
ゴホンとわざとらしい咳払いをした後、黄瀬は「あ、ひとつだけ言っとくけど」とさっきヒソヒソと話していた二人組の前に立った。
「オレは 海 常 の黄瀬涼太だ。それ以外の呼び名はココでは必要ない。あと、素質とかくだらない単語を軽々しく口にするな」
真剣な瞳に上から見下ろされて、ふたつの顔からみるみる血の気が引いていく。
「そんなものに頼らなくても、自分の信念を貫き、血の滲むような努力を重ねて、勝利を掴んだオトコをオレは知ってる。バスケが好きなら二度と言うな、分かったか」
「「ハ、ハイっ!」」
「ん。いい返事だ」
鋭いまなざしが一転、弾けるような笑みを浮かべる黄瀬に心臓を鷲掴みにされて、頬を紅潮させたふたりの口がパクパクと動く。
「「(カ、カッケーっ!)」」
「ハハ。間抜けヅラすんなって」
興奮気味の後輩の頭を、黄瀬は手の甲でコツンと叩いた。
(笠松センパイや早川センパイは、どんな景色を見てたんスかね……)
形のいい唇をきゅっと引き締めて、一同を見渡す凛々しい姿。
それは紛れもなく海常の四番を背負うにふさわしい貫禄を漂わせていた。
「正直、オレにキャプテンとしてチームを引っ張っていく力があるのかは分からない。ただ、今年こそ全国制覇を成し遂げる──そのためには皆の力が必要なんだ」
そう宣言する主将の背後には、彼に従うべく引き締まった顔で不敵に笑うチームメイト達。
その迫力に圧されるように、顎をあげて姿勢を正す一年生達の顔つきが一瞬で変わった。
普段の彼からはあまり想像できないことだが、黄瀬涼太というオトコは、人の上に立つ資質を十分すぎるほどに持ち合わせていた。
人を惹きつけてやまない天賦の才は、種類は違えど赤司のそれに勝るとも劣らないだろう。
「オレは、オレをここまで育ててくれたこのチームが……海常が好きだ。皆にも、その一員になる誇りと覚悟を持ってほしい」
いつの間に身につけたのか、その声には周囲を魅了する不思議な力と説得力を兼ね備えていて。
背筋を伸ばした一年生達は、ゴクリと唾を飲みこむと、目の前にそびえる高い壁を見上げた。
「ただし、うちの練習量はハンパないから覚悟しろよ」
「「「ハイっ!!」」」
「うっし!じゃ、ひとりずつ自己紹介。名前と出身中学、あと希望するポジションよろしくっス」