第1章 ハニー
暦のうえではもうすぐ立春だというのに、身体の芯が凍りつきそうな厳しい冷え込みとなった日曜日の朝。
海常高校 対 桐皇学園
インターハイ準々決勝、因縁のカードともいえる対決が、今ふたたび行われようとしていた。
練習試合とはいえ、会場となった海常高校の体育館にはピリピリとした空気がはりつめて──
いなかった。
まるで寝起きのように締まらない顔で欠伸を隠そうともしない、桐皇のエース青峰大輝。
かたや、女子の声援にきらめく笑顔でシャララと応えている海常のエース黄瀬涼太は、全国区のイケメンモデルとしての知名度も抜群だ。
手馴れた様子でドーモドーモと手を振るモデルの背中めがけ、「チャラチャラしてんじゃねー!」とどこからともなく飛んできた蹴りがクリーンヒットし、黄瀬は「ンぎゃっ!」と情けない悲鳴を上げた。
「イッテ……てか笠松センパイ!?引退したのになんでいるんスか!?」
「うっせー!オマエが調子こいてないか、監視しに来たに決まってんだろーが!」
強烈な蹴りをくらったにもかかわらず、嬉しさを隠しきれずに相好を崩す黄瀬を、半分苦笑いしながらもチームメイト達の視線が優しくつつみこむ。
共に戦い、敗戦という苦い経験を経たからこそ生まれる絆と連帯感。
だが青峰は、そんな海常の空気などまったく意に介さずといった足取りで、ゆっくりと昔のチームメイトに近づくと、挨拶代わりの肩パンをガツンとくらわせた。
「よぉ。今日も勝たせてもらうぜ」
「て、青峰っちまで!痛いっス!」
「悪りぃ。つい昔のノリで」
「なんスか……それ」
試合前の緊張感はどこへやら。
それぞれの顔にうっすら浮かぶ笑みは、純粋な瞳でボールを追いかけていたあの頃のよう。
その自覚があるかどうかはともかく、ふたりはお互いの拳をコツンと合わせた。
「オイ、黄瀬。今日はさみぃから奢りはアイスじゃなくて肉まんな」
「な ん で!オレ達が負ける前提で話してるんスか!」
ウィンターカップで頂点にのぼりつめたのは、海常でも桐皇でもなく、ましてや最古にして最強の王者、洛山でもなかった。
キセキの世代
そう呼ばれていた彼らは、それぞれの敗北を経て、新たなスタートを切ろうとしていた。
ふたりの瞳の奥に灯る光。それは、失ったかにみえた情熱を取り戻したように、キラキラと輝いていた。