第20章 ディフェンス
それは、去年の誕生日まで彼の耳を飾っていたシルバーのピアス。
「やっぱ、そーいうことっスか」
「う」
やはり彼には見透かされていたらしい。
結は小さく息を吐くと、首の鎖にそっと触れた。
穴を開ける勇気もなく、単純だと知りつつも、肌身離さないでいられる方法が他に見当たらなかったのだから仕方ない。
黄瀬と会う時だけ外すという小細工も、今日のような突発的な出来事には対応できないのだとようやく知る。
「でも、何もつけてる様子なかったからオカシイなぁ~と思ってたんスよ。ホラ、浴衣でお代官様ごっこした時とか他にも色々」
「っ」
まるで風邪で寝込んでいるのは自分のように、顔に熱が集まる。
ピアスを指でクルクルと弄ばれる度に、その熱は勢いを増すばかり。
「またそんな可愛い顔しちゃって……オレもお見舞い行くからさ、風邪うつしてもい?」
潤んだ瞳に囚われて、身体はピクリとも動かない。
ゆっくりと近付く長い睫毛を、結は瞬きもせずに見つめ返した。
「いい、よね?」と頬にかかる甘い吐息に、目を閉じようとした視界の端に映る、ユラリとした黒い影。
「駄目に決まってるでしょ。バカ息子」
まるで天の声のように降る制止に、黄瀬の動きがビクンと止まる。
「下から何度か声かけたんだけど、反応なし」
ギ、ギ、ギとブリキのオモチャのように背後を振り返る恋人をフォローする余裕は今はなく。
「胸騒ぎがして様子を見に来たらこの有り様。ごめんね、結ちゃん。うちの息子の下半身だらしなくて」
「い、いえ」
布団を剥がされて首根っこを掴まれる真っ青な顔を、結はシーツの上でなすすべもなく眺めた。
「さ、結ちゃんはこっち。アンタは大人しく寝てなさい。分かった?」
「イテッ」
息子の頭をペチと叩く勇ましい母親に腕を引かれ、「結~っ」という情けない声を背中に浴びながら、結はよろよろと部屋を出た。
「お代官様ごっこ、無茶なコトされなかった?」
「は、い!?」
階段を踏みはずしそうになる身体を支え、ぷっと噴き出す綺麗な顔が、大好きな人のそれと重なる。
(駄目だ、なんか勝てる気がしない)
防戦一方になりそうな未来を予感して、結は首に揺れるピアスを握りしめた。
end