第2章 キノコ
ルックスよし、性格も明るく社交的な黄瀬を、世の女子が放っておくはずがない。
告白されて、付き合うことになった女性の数は、彼の歳にしては多い方だろう、きっと。
もっとも、嫉妬の目や嫌がらせに耐えきれず、離れていくのも、いつもオンナのコの方からだった。
二股もせず、それなりに誠意を持って付き合っていたつもりだったが、黄瀬に未練などあるはずもなく「またか」ぐらいにしか思っていなかったことも事実だが。
適当に遊んでいたことは、残念ながら否定できないし、それほど本気じゃない相手なら、遊び慣れたコの方が楽だなんて失礼なことも思っていた。
でも、結だけは──本気で好きになったコに対してはそうじゃない。
(ホント、男って勝手な生き物だよな)
今までの自分を反省しつつ、これからは誠実な男でいたい──黄瀬はガラにもなくそんなことを思った。
「オレさ、素直なとこも結らしくてすごく好きだけど」
「……黄瀬、さん」
「でもそーいう事は、あんま大っぴらに言わないで欲しいんスけど」
ね?と指で頬をイタズラっぽく突くと、堰をきったように潤む瞳に、黄瀬はあわてふためいた。
「て、うわっ!どしたの!?」
「っ、私……嫌われたんじゃ、ないかと思っ、て」
こんな彼女を見るのは初めてだった。
どうしようもなく胸にこみ上げる愛しさが、じわじわと細胞を満たしていく。
黄瀬は小さく微笑むと、涙ぐむ恋人の額に唇を押し当てた。
「バカだなぁ、そんな事あるわけないっしょ。こんなに結のことが好きなのに」
そのまま額を合わせて、鼻先が触れそうな距離まで近づく黄瀬の笑顔に、結は震える声で小さく答えた。
「私も……」
“好き”という言葉の代わりに、ゆったりと凭れてくる身体を、黄瀬は胸に受け止めながら身を屈めると、ほんのりと赤く染まった耳朶を軽く噛んだ。
「ん」
「ね、今度さ」
ピクリと弾ける肩をなで、囁く声は甘いテノール。
「オレとふたりっきりで、ハンバーグ捏ねないっスか?」
「…………」
(きーちゃんって、ホント駄目だよね)
秘かにふたりの成り行きを見守っていた桃井は、残念そうに目を閉じた。
しばらくの間、黄瀬が水原家へ出禁となったのはいうまでもない。
end