第16章 プライド
「……最悪だ」
自分の部屋に逃げ込んだ翔は、濡れたTシャツを脱ぎながら誰に言うともなくつぶやいた。
『水原、今から出てこられないか?』
いつものナンパ対策要員だろう。
大学の先輩から急に呼び出されたのは、もう夕方になろうかという時刻。
海常の時のような体育会系の厳しい上下関係はないものの、やはり先輩からの誘いを断ることは難しい。
特に自慢したことはないし、ひけらかすつもりもないが、自分の容姿にはそれなりに自信があった。
「先輩命令なら仕方ないよな」
台詞にそぐわない浮き浮きした足取りで、翔は家を出て待ち合わせ場所に向かった。
今日の予報は晴れ時々曇り。
「ったく。最近は夕立とかってレベルじゃねーだろ」
急に降りだした大雨に、道行く人々は散り散りに建物の中に入っていく。
それなりに決めてきた服はあっという間にびしょ濡れで、もうナンパどころの話ではなかった。
戦意まで雨に流された先輩達と別れ、ようやく家に帰ったらこの始末……まさに踏んだり蹴ったりだ。
「夏祭りも中止……か。ま、この雨じゃ仕方ねぇか」
母親に浴衣を着せてもらって、頬を染めながら出掛けた妹の姿を思い出して、翔は苦々しく笑った。
(娘を嫁に出すオヤジかっての……)
頭に血がのぼっていたとはいえ、我ながら馬鹿なことをしたと思う。
もしあの扉の向こうでふたりがナニしていたらどうするつもりだったのか。
そして、一瞬だったが湯けむりの向こうに見えた黄瀬の鍛えられた身体と立派な。
「くそ……負けてる、完全に」
ガクリと頭を垂れると、翔は濡れたシャツを床に叩きつけた。