第13章 テイスト
猫には敵わないかもしれないが、犬だって聴覚には自信がある。
静寂を揺らすかすかな金属音に、黄瀬はピクリと身体を震わせた。
「っ、ヤバ!」
勢いよく起き上がったせいで「う、ん……」と小さく寝返りを打つ恋人をチラリ。
だが、うっすらと暗闇に包まれた部屋では、その表情をうかがい知ることは出来なかった。
(ちょっ、いま何時!?)
黄瀬はそろりとベッドから降りると、長い足に部屋着らしいハーフパンツを一瞬で通した。
そして、適当に探りあてたシャツを鷲掴むと、上半身裸のままあわてて部屋から飛び出していった。
「げっ」
「た・だ・い・ま」
華奢なミュールを指に掛けて、玄関で意味深に微笑む母親の姿に、黄瀬はガクリと頭を垂れた。
「結ちゃん来てんのね。何処かな?リビング……な訳ないか」
「……オレの部屋」
上半身裸で何を言っても無駄だろう。
うっかり寝てしまったことを、黄瀬は激しく後悔した。
セックスの後、あんなに寝入ることはないのに。
(結とのエッチはこう……気持ち良すぎて)
「つやつやした顔で何ニヤけてんの。ハッ!」
「んぎゃっ!」
背中にクッキリと咲いたモミジは、絶対に彼女には見せられない。
痛みに耐えながら、黄瀬はだらしなく目尻を下げた。
買い物袋を持たされて、黄瀬は母親から無言の圧力を受けながらダイニングに移動。
「まったく、アンタは……」
そんな小言に苦笑しつつ、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを口に含みながら、つい考えてしまうのは自分の部屋で眠る恋人のことばかり。
(結も喉、渇いてんだろうな)
「まぁ、アンタが健全なお付き合いで我慢してるとは、これっぽっちも思ってなかったけど」
「ハ、ハハ……」
あまりにも酷い言われようだが、この程度の毒舌はまだ軽い方だ。
「泣かせるようなことはしてないでしょーね」
「ちょっ、オレそんなことしないって!」
(違う意味で啼かせてるけど……ハッ、また顔が)
自然と緩む頬を隠すように、わざとらしい咳払いをひとつ。
これも無駄な努力だろうけど。
「ま、いいわ。ただ、避妊は男の責任だと肝に銘じておきなさい。あと、あんなイイ子……」
「大丈夫」
大事にしなさい……という親らしい忠告は、思いの外真剣な声に遮られた。