第1章 命
「どうした、月詠」
動かぬ幼女の手に疑問を抱きながらも、彼女の行動を見届ける姿勢は崩さなかった。しかし、小さな手がクナイを顔から外す仕草を見て、僅かに失望の眼差しを向けながら男は言う。
「怖じ気づいたか」
先ほどとは打って変わり、凍てつくような声色で呟く。だが少女は臆する事なく、刃先の向ける対象を変えた。左手で一房の髪を握り、手にしている凶器で頭皮ギリギリの所に押し当てる。そしてノコギリを挽くように右左へと動かし、髪をザリザリと切り捨てた。
一房を切り終えれば、また一房の髪を握って削ぎ落とす。元から肩にもかからないほどの短髪ではあったが、娘は更に坊主に近い頭を作る。そして切り終えた彼女は廓言葉を忘れ、鋭い瞳で「師」を見上げた。
「これで良いでしょう?」
「ほう。顔ではなく『女の命』を捨てたか」
地雷亜は感銘を受けた。
幼い少女は美しい。まさに未来の美貌が約束されているような顔つきだ。恐らく顔に傷を刻み込んだ所で、大人になっても彼女の紅顔に障害は出ない。
体も鍛えれば引き締まったものになり、色気も増すであろう。数本の傷などで、周りの人間から彼女に対する「女」と言う認識は奪えきれない。それならば根本的に女性らしさを失わせれば良いだけの話だ。
「髪のない女など女じゃない」と強く認識してしまっている国で髪を切り落とす事は、絶大な覚悟の表し方だった。
男は口角を上げ、尚も己を鋭い眼光で見上げる娘を弟子として受け入れた。