LAUFEN ODER STERBEN(進撃:エレン夢)
第1章 LAUFEN ODER STERBEN
一通り作業が終われば、あとは各馬に腕いっぱいの干し草を与えるだけだ。掃除道具と同じく餌は小屋の片隅で、手押し車の中に盛られている。恐らく馬の世話を担当する兵士がいるのだろう。馬小屋の馬糞が綺麗に無くなるのと同時に、訓練から戻って来ると必要な分の干し草が補充されているのだ。
エレンはその手押し車を移動させながら、畜舎の出入り口となっている木造の扉からは一番離れている、奥の馬から順に餌を与えた。やはり馬も人間と同様に食べる事が好きらしい。手押し車に近づいただけで、馬達がウキウキとした眼差しでこちらを見るのを、エレンは感じた。
そう時間もかからずに最後の馬に差し掛かり、エレンは残りの干し草で餌箱を補充すると一息ついた。緑のコートを着用しながら作業していたため、胸元あたりに張り付いていた干し草を払う。
すると突然、エレンの顔の前に影が落ちた。いきなりの事で驚いたエレンは慌てて顔をあげると、そこには最後に餌を与えた馬の顔が目の前まで迫ってきている。艶のある黒い毛並みと鬣を持つその一頭は、リヴァイの愛馬だった。何故か干し草に目もくれず、急にエレンへと興味を移した動物に、エレンは不意に恐怖を覚える。焦りながらも距離を取ろうと、彼は一歩、後ろに下がろうとした。
しかし後ろに下げた右足に重心をずらす前に、彼は何者かによって首の後ろの襟を鷲掴みにされ、それ以上の動きを封じられた。そして聞き覚えのない声が左肩の方から聞こえる。
「逃げんなバカ、馬に失礼でしょう」
馬に次ぐ突然の出来事に更なる驚きを経験するも、威圧感のある女の声にエレンはなす術もなかった。むしろ、後退りも許さぬ後ろの人物は、逆にエレンを馬と鼻を合わせるように無理やり前へ押し出す。
「そのまま鼻で強く息を吐いて」
訳のわからない命令ではあるが、有無を言わせない状況でもある。そもそも相手が誰かは知らないが、調査兵団の中でエレンと同等、または格下の人間などいない。それを考えれば、例え妙な要求であっても飲むしかなかった。馬の大きく吐く鼻息に合わせ、エレンも深呼吸をするように息を吸っては鼻から吐き出した。