第20章 無理難題からの絶対絶命
皆、青空に遠ざかる黒い影を見上げている
先程までの喧騒が、嘘の様な甲板の上
ローの後ろに控えるクルー達は、イリスの居なくなった寂しさと、当分船長の不機嫌が続くのだろうとの2つの意味で沈んでいた
ローの隣に歩みよるペンギンは静かに話しかけた
「なんで抱かなかったんッスか?」
その問いかけに驚いたのはクルー達
あんなにお気に入りだったイリスと一晩(しかも結構無理やりに)過ごしたのに手を出さなかった事が信じられない
ペンギンに何故そう思うか聞いてみると、
イリスさんのキスされただけであの反応はない
グレイスさんの怒り方が異常(事前に何も無かったと聞いていたから?)
何より、船長が抱きたいと思う程の女を手離すはずがない
と、言うのだ
なるほど、と思うも首をひねるクルー達
まったくその理由が思いつかない
そこに空気を読まないあの男が
「まさか、船長…………不の」
言い終わるよりも速くシャチの頭が飛んだ
後方へ転がる頭部を誰かが追いかけていった
首から下の身体はその場で手足をじたばたさせていた
こんな状況でよくその言葉を口に出したな、と呆れるペンギン
いっそその度胸を褒めてやりたいと思った
さらに不機嫌になったであろう船長に同じ質問を繰り返すと
「お前らには解んなかったか…………」
と、刀を収め、意外にも冷静に返してくる
「まだまだ、だな。」
そう言ったローの顔にはクルー達の未熟を呆れながらも、イリスの秘密を自分だけが知っている事への優越感がみちていた
影すら見えなくなった空を見上げ
ローは手元にある白い羽根飾りを撫でる
別れ際にイリスが“風向きを確かめるのにでも使って“と、渡した物だ
潜水艦に風向きは関係ない、にもかかわらず素直に受け取ったのはローの優しさか、それともその羽根がイリスの一部だからか………
イリスは暗い深海を行くローのもとに訪れた空からの光りだった