第8章 Episodes.泉森:愛と温もりと憎悪
あの人は私に言った。
お前は女だから、
女が出来る事をすればいいのだと。
幼いなりに考えた答えを言っても
あの人はYesと頷いたりはしなかった。
冷たい視線を私に向けるあの人は、
兄に対しては特別、優しかった。
きっと男で跡取りで頭がいいから。
兄は要領がよかった。
教えられたらすぐ覚えたし、
愛想だって良かった。
それに比べて私は無愛想で頭も悪く
要領はとてつもなく悪かった
母はそんな私を見て優しく笑ってくれた
大丈夫、女でもやれる事があるのよ、
そう言って頭を撫でた母親は
夜になるとコソコソと何処かへ出掛けていた。
オシャレな服を着て、
いつもしない綺麗なメイクと
髪の毛を整えて。
それが何を意味するのか分からなかった。
兄は浮気なのではないかと言ったが
私は違うと思った。
母を見送るあの人は、
気をつけて帰って来いよと
母の唇にキスをしていたのだから。
例えそれが浮気だったとしても、
あの人は母を許していたのか
それを認知していたのか
聞く術は私にはなかった。
母が私を優しくぎゅっと抱きしめて
" ごめんね "と泣いたその夜に
スーツケースと共に
家を出ていってしまったから。