第80章 再生の道へ
コツ、
脇に挟んだ松葉杖。
体を支えるように体重をかけて歩くと、慣れない動作だからか自然と視線は足元に下がる。
視界に映り込むのは、もう見慣れた医療病棟の入院室の真っ白な床。
よく見舞いで訪れることはあれど、まさか自分が何日も入院する羽目になるとは。
白く綺麗な床を見下ろしながら、つい口元に浮かんだのは自嘲に似た小さな笑みだった。
「あ、椎名さん。どちらへ?」
薄い灰色の入院服の上に羽織っているのは、珊瑚色の裾の長いカーディガン。
見慣れたその姿に、カルテを手にパタパタと忙しなく患者の巡回をしていたナースが足を止めて呼びかけた。
彼女はまだ入院を余儀なくされている身。
杖をついて歩くことはできても、病棟の外を出歩くことは禁止されている。
覚束ない足を止めると、呼ばれた女性はゆっくりと顔だけ振り返った。
その顔にも大きく分厚いガーゼが貼り付けられている。
カルテNo.079 椎名 南
主訴:腹部の刺創及び裂創
問題リスト:上記に並び、両掌の3度熱傷
全身に及ぶ擦過傷、挫傷 等
沢山の患者が入院しているこの病棟の中で、彼女もまた重い怪我を負った一人。
「ちょっとトイレに」
申し訳なさそうに眉を下げて笑いながら、小さく会釈するように頭を下げる。
そんな彼女の応えに、ナースは「そうですか」とだけ応えると足早にまた巡回へと戻っていった。
ノアとAKUMAによる本部襲撃があってから、まだ日は浅い。
バタバタと忙しい入院室を見渡して、南は微かに溜息を零した。
体の傷は未だ完治せぬまま。
心の傷も、治ってはいない。