第61章 弱い心と強い心
ハート型の扉の向こうに消えていった二人のノア。
するとあっという間にその扉は、空気に溶けるように消えてしまった。
「…なんだったんだ、あいつら…」
取り残されたのは、呆然と立ち尽くす私とリーバー班長と神田だけ。
ぼそりと呟いた神田の声だけが、その場に静かに響いた。
「南、怪我はないかっ?」
そこにはっとしたように、リーバー班長の声が大きく響く。
振り返れば、大きな体を屈ませて心配そうにこちらに手を伸ばす班長が見えた。
「──っ」
フラッシュバックのように重なったのは、私の上に覆い被さってきたあのノアの大きな体。
思わず一歩、反射的に後退ってしまった。
…あ。
「…っ」
一瞬、班長の顔が驚く。
それからぐっと唇を噛み締めた。
どうしよう、拒絶したと思われてしまったかもしれない。
「ご、ごめんなさい…わたしはだいじょうぶです」
慌てて頭を下げる。
どうしよう、傷付けてしまったかもしれない。
そんなことしたくないのに。
「だから、あの…ジジさんのあんぜん、かくにんしないと…っロードがばけてたから…っ」
必死に思いついたことを口にする。
ジジさんのことは純粋に心配だったから。
…でもそれだけじゃなくて。
そんなことしたくないのに。
大丈夫だって、班長の伸ばしてくれたその手を取って伝えたいのに。
それができない。
「へやに、もどりましょう」
「…ああ…でも、その状態じゃ───」
「だいじょうぶです、もどれます」
来ていたチャイナ服は破かれてしまったから、班長が羽織らせてくれたコートを脱ぐことはできない。
なんとか引き摺らないようにコートの端を掴んで、不恰好にでも持ち上げる。
そうして、心配そうに見てくる班長に笑いかけた。
笑顔は見せられる。
普通に話だってできる。
でも、触れられない。
班長も神田も私よりずっとずっと大きくて、ずっとずっと力も強い。
私なんかじゃ、どんなに抗っても敵わない。
あのノアと同じ、男の人。
それを漠然と感じてしまったから。