第32章 〝ただいま〟と〝おかえり〟
掴まれた腕は解放されたけど。
エレベーターの中、リーバー班長と二人きり。
「…南」
「は、はいっ」
重い空気に耐えられず、一人そわそわしていたら名前を呼ばれた。
未だに怖い顔した、リーバー班長に。
「…別に、お前が怪我したことは怒ってない」
じっと見下されて固まっていると、腕組みして壁に凭れたまま班長は私から視線を外した。
…嘘だ。
と、つい思ったけどそれは言わないことにした。
言ったら絶対怒られる。
「えと…じゃあ、ネクタイの血痕の跡を黙ってたから…怒ってるんですか…?」
「違う」
「…医務室にすぐ行かなかったからですか?」
「違う」
「……御守りを壊しちゃったから?」
「違う」
じゃあ、なんだろう。
答えが見つからず、考えあぐねる。
「室長に、任務の報告書は提出したのか」
「え?…はい、」
「そこに、自分の怪我のことは記したのか?さっき俺に話した内容は」
「………いいえ」
首を横に振れば、その答えが読めていたのか。
リーバー班長は、そらみろと言わんばかりの顔で私を見た。
任務の報告書に、御守りがどう私を守ってくれたかなんて、そんなこと書く必要ない。
というか思いっきり任務内容から脱線しちゃってるから、そんなこと書いちゃ駄目というか…。
「お前にとって軽傷でも、俺にとっては軽傷じゃない。一歩間違えれば死んでたかもしれないんだぞ。そんな大事なことを隠すな」
「隠すつもりは…、…すみません」
隠すつもりはなかったけど、下手に言うつもりもなかった。
怪我を誇張するようなこと、したくないし。
言ったら心配かけることはわかってたから。
無事でいられたから、ラビじゃないけど結果オーライかなって。
でもリーバー班長には私の思考が読めていたのか。
「どうせ無事だから良いとか思ってたんだろ」
「………」
なんでわかったんだろう。
思わずまじまじと班長を見上げれば、はぁと大きく溜息をつかれた。
「お前の考えくらいわかる。ったく…」
ちらりと私を見下ろす目は、怒っていたけれど──
「…俺はそんなに頼りないか」
どこか、陰っているようにも見えた。