第19章 名前の無い感情
「聞きたいこと?」
首を傾げてラビがこちらに歩み寄る。
「…あの、夜のこと」
続けてそう告げれば、ぴたりと足が止まった。
「どうして、あんなことしたの」
ずっと聞きたかったこと。
あんなに躊躇していたのに、口にするとそれはするりと滑り落ちた。
「……今は任務中さ。そういう話は後で───」
「してくれないから、今聞いてるの」
一瞬の沈黙の後"いつも"の仮面を貼り付けたまま、肩を竦めて言うその言葉を私の言葉で遮る。
ラビと喧嘩したと思って、私の為にこの任務に誘ってくれたアレン。
"彼の為に"なんて言う気はないけど、その機会を無駄にはしたくない。
「ラビはそれでいいかもしれないけど…私はよくない。あんなことがあって、何もなかったようには笑えない」
キスの一つや二つ。
そんなことで大袈裟に騒ぐ程、私は子供じゃないし。
キスの一つや二つ。
そんなことでって軽視できる程、私は大人じゃない。
知りたい。
ちゃんとラビのこと。
そして向き合いたい。
「…確かに、私は無防備過ぎたかもしれない」
ラビの顔を直視できなくて、視線を地面に落とす。
あの夜、もっと周りを意識するべきだとラビに注意されて、確かにその通りだと反省もした。
「もっとちゃんと、周りを見るべきだと思う。…そこは謝るよ。…ごめんなさい」
でも、それはラビだったからだよ。
ラビの傍だと楽でいられる。
素の自分を曝しても受け入れてくれる安心感があるから。
だからありのままの自分でいられた。
「でも…こんなことで…壊したく、ないよ」
でも、気付いた。
「私は…」
安心感だとか、居心地の良さだとか。
求める理由は幾らでも思いつく。
でもそういう建前を抜きにしても、私が求めていたものは、たった一つ。
「私は…ラビのこと、失いたくない」
それは、仮面のないラビ自身。