第81章 そして誰もいなくなった

「放せこの…ッ」

「っお、おお落ち着いて下さい…！」



背中にしがみ付かれていることはわかっているらしいが、それが南だとは気付いていない。
尚も青筋立ててコムイに拳を向けるリーバーに、南は咄嗟に腕を回して大きな体を強く抱きしめた。

否。
羽交い絞めという言葉の方がぴったりだろうが、如何せん体格差があり過ぎて南がリーバーにしがみ付いているようにしか見えない。



「リーバー班長ッ！」



必死に声を荒げる。
ぴしゃりと強めに届く南の声に、リーバーの勢いが一瞬殺がれた。



「班長が怪我したら嫌ですから…ッお願いです、暴れないで下さい！」

「…っ？」

「気持ちは凄く凄くわかるけど、此処で外の皆に見つかったら一網打尽ですッコムイ室長は後で袋叩きにでもなんでもしていいですから…ッ」

「あれぇー、南くんも酷い言い草だなぁ」

「お前は黙ってろクソコムイッ」

「…神田くんは見た目が幼くてもとことん口悪いネ」

「だから落ち着いてッ愚痴でもなんでも、私が全部つき合いますから…ッ」

「…っ…」

「お願いです、今は私の言葉を聞いて下さいッ」



ぎゅうぎゅうと強く抱きしめた白衣の背中に顔を押し付けたまま、必死の説得を試みる。
とにかく止めることが先決だと思い付くままに口走っていた南は、すぐには気付かなかった。
羽交い絞めにした大きな体が、1mmも動いていないことに。



「おーい、南」

「？…ロブ、さん？」

「とりあえず大丈夫そうだぞ。班長、固まってるから」

「え？」



ぱたぱたと片手を振って指差してくるロブの示す先を見れば、目の前の高い背の上にある顔。
後頭部しか見えないため表情はわからないが、いつの間にか動きを止めているリーバー。
その耳は、微かに赤く染まっていた。