第9章 9
昼休み。
いつものカフェでいつものコーヒーを口にする。
これももう最後なのだ。
マスターに明日帰国することと感謝を伝えると、恰幅のいいマスターは柔らかい笑顔で、見送ってくれた。
「Ritornero' ancora!」(またきます!)
私も笑顔で手を降り、カフェを後にした。
最後のレッスンを受けるため、時間通りにレッスン室に訪れる。
ノックして重たい扉を開けると、突然ピアノの音が華やかな音を奏で始め、メゾソプラノの後輩が歌い始めた。
部屋には門下生一同が集っており、みんながワイングラスをもっている。
その中には白く輝くシャンパン。
演奏される曲はある喜歌劇の乾杯をするシーンの歌だ。
先生が伸びやかにテノールを歌い、面白おかしく華やかにソプラノの同期の子が歌をつなぎ、みんなが合唱をする。
最高の盛り上がりに達し、フィナーレへ。
ピアノがカデンツを華やかに鳴らすと、私にもグラスを渡され乾杯。
たくさんのプレゼントを渡され、みんなに促され私は12月の演奏会で演奏した2曲を歌った。
朝日奈さんに気づかせてもらった大切な恋心と、恋のつらさ。
登場人物の歌と自分の歌とが同じになる感覚。
12月の演奏会よりもずっと深く歌えている気がした。
『これからも、心の底から音楽を楽しみなさい。
音楽はいつでもさくらの支えになってくれます。
これが私の最後のレッスンの言葉です』
先生はそう言いながらシャンパンに口をつけた。
「Grazie,Grazie!」
私は先生と集まってくれた門下生に感謝の言葉しか出なかった。