第8章 8
ベッドサイドに置いてくれた水を一口飲む。
冷たい水が霞がかかった頭の奥を刺激する。
「…もう歩ける?」
朝日奈さんがこちらに背中を向けたまま声を掛ける。
「はい。なんとか…」
「そう。じゃあ今すぐ帰って」
感情を測れない、しかし有無を言わせない平坦な口調だった。
私は何も言えず、朝日奈さんの言葉に従うしかなかった。
真っ赤な車でアパートの前まで送ってもらう。
その間の会話はなく気まずい空気が流れるばかりだった。
自室に入るとベッドに倒れこみ大きく息を吐く。
昨日の出来事をゆっくりと思い出す。
思い出せば思い出すほど、朝日奈さんのことが好きだと言葉の端々からにじみ出ていることに気づく。
カンのいい朝日奈さんがそれに気づかない訳がない。
「…言わなければ良かった…」
朝日奈さんには、私を透かしてみてる誰かがいるのに。
なにも言わなければ、ぬるくて心地いい関係のままだったかもしれないのに。
目尻を伝って涙が一筋流れる。
あまりの苦しさにうめき声が漏れる。
ぬるくて心地いい関係のままもいやだ。
今まで通り話せないのもいやだ。
こんなにワガママになったのは初めてだ。
「好きです、朝日奈さん…。大好きなんです」
素直な気持ちを口にすると、涙が次々とあふれ始めた。