第1章 1
焦りながら走っているとオレンジがかった明るい茶色の長い髪の女性と肩がぶつかり合ってしまった。
「Mi scusi!」(ごめんなさい!)
相手の顔を見ることなく、とにかく謝って走り続ける。
授業の時間に間に合うかどうか。
多少遅れても誰も気にしないのだが、そんなものに甘える自分が嫌なのだ。
「Ciao!」(やっほー!)
大学の門に滑り込むと、右の方から声をかけられた。
「Ah! Ciao,Alice!」(あっ!やっほー、アリーチェ!)
「Che c'e?」(どうしたの?)
「sono cunta! Arrivederci!」(遅刻!じゃあね!)
たどたどしいイタリア語で遅刻しそうなこと、体で急いでることを表現して、私はその場から走り去った。
右後ろの方から明るい笑い声が聞こえる。
きっと、誰も気にしてないのにね、とか真面目ね、などと言われているのだろう。
歌の勉強をするためにイタリアの音楽院に留学にきて半年。
いまだイタリア語はたどたどしいが、明るい友達と大好きな音楽に囲まれ、充実した毎日を送っている。
1年だけの留学と約束をしたのだ。
あと半年。学べることはどんどん学んでいかなくては。