第11章 劣情
それにしても、リアルな夢だった。きっと悠里ちゃんは、好きな男に抱かれる時、あんな風に恥じらいながら、その身を焦がすのだろう。でも、こんな俺のような―――――――たった5歳でサイコパスを濁らせた挙げ句、『潜在犯』として施設に隔離され、今度は幾許(いくばく)かの自由を得るために『執行官』として『殺し屋稼業』をやってるような俺が、この汚い手で劣情の赴くままに触れてはいけない。いや、もうキスはしてしまっているが。でも大丈夫、まだ「触れて」はいない。それにもしも――――、万が一、万が一にもだ、悠里ちゃんが俺のことを好きだと思ってくれたとしても、それでどうなるということもない。この『社会』の『健康な市民』は、「出逢い」も「結婚」も、―――――シビュラも自由恋愛を前提にしてはいるらしいが―――――兎に角そういうものは、『社会(シビュラ)』システムによってコーディネイトされる。悠里ちゃんみたいな『健康な市民』を、『潜在犯』と引き合わせるなんてことはあり得ないだろう。馬鹿でも分かる。だから、俺みたいなゴミクズは、今こうやって悠里ちゃんみたいな『健康な市民』に情けをかけてもらえてるだけ、感謝のひとつでもしなきゃ―――――――――――――クソ。
―――――――ドン!
俺は気が付けば、シャワールームの壁を殴っていた。刹那、右手に鈍い痛み。衝撃に耐えきれなかったらしい右手は、早くも赤く変色を始めていた。当たり前の話。執行官宿舎は、『潜在犯』を拘束、或いは収容する檻だ。基本的にどこの壁だろうと、強固で無機質な素材でできている。拳には若干の血が滲んでいたが、大した傷じゃない。こんなもの、放っておけば直る。それよりも、だ。