第8章 欲
観念した私は、一口分にも満たない量のプリンをそっと掬って、なるべく秀星くんの顔を見ないように細心の注意を払いながら、俯いてスプーンを差し出した。この光景は、第三者から見れば、だいぶと滑稽だと思う。
数秒経った後に、私の指先に、微かに振動が伝わってきた。スプーンに口、付けたのかな。これって、俗に言う―――――
「間接キス?」
ああああああああああああああああああああ!なんで口に出して言うの!!!なんでそんなにタイミング良いの!!!??
私は、確実に顔も真っ赤。鏡なんて必要ない。
「あ、当たり?」
相変わらず、秀星くんは悪びれる様子もない。それどころか、「かっわいー」なんて言いながら、私の反応を純粋に楽しんでいる様子。っていうか秀星くんは、全然恥ずかしくないのかな。もしかして、こんなことぐらい、慣れてる?ということは、私は遊ばれてるだけ?―――――――そう思った瞬間、私の心にもやもやとしたものが広がった。私はそのもやもやが広がっていくのをどうすることもできなくて、手に持っていたプリンとスプーンを机の上に置いた。
「……。」
「あ、悠里ちゃん?」
こちらの様子を窺うような声色。その間にも、私の中にあったもやもやは、少しずつ私を浸食していくように感じた。
「あ、いや、まぁ、俺もちょっと調子に乗り過ぎた?」
それもあるかもしれないけど、わたしのもやもやは、多分そうじゃないところが原因。
「……。」
私は、このもやもやを持て余していて。
「あ~……。」
気まずい空気が流れる。もうこれで何度目だろう。秀星くんとの間で、重い沈黙に包まれるのは。でも、いい加減気付いてる。その原因は、私にあるんだって。私が、相手からどう思われるかを気にしすぎて、何も言えなくなるんだ。『潜在犯』だからとか、『執行官』だからって、どこかで言い訳をして。それって、相手を思いやっているようで、全然違う。
――――――「別に、執行官――――いや、『潜在犯』だからって、そう気を遣わなくていい。」
以前に、狡噛さんから言われたことをまた思い出した。よく考えれば、この言葉は優しさだけじゃない、もっと核心をついた何かが、芯に通っているんじゃないだろうか。そう、含蓄のあるような。