第8章 欲
「悠里ちゃん?」
「……何?」
顔は背けたまま、返事だけはする私。
「これ食べて、機嫌直さない?」
「……何?」
「プリン。俺の手作りだけどな~……」
……!お菓子!?秀星くん、お菓子も作れるの!?思わず、秀星くんがいるであろう方向に、勢いよく顔を向けてしまった。ばっちり、目が合ってしまい、さっきとは別の意味で恥ずかしくなった。……だって、食べ物で釣られてしまったみたいじゃない……。テーブルの上を確認すると、そこには、見たこともないぐらいに繊細で淡い色合いのプリンが、透明のガラスに入っていた。
「あ……。」
「天然モノの食材使ってんの。だから、色はボンヤリしてるけど、味は保証済みよ?」
言いながら、秀星くんは再びテーブルを挟んで向かい側の椅子に腰かけた。
「……食べて、いい?」
淡い色合いのプリンを前にして、私の小さな意地はどこかへ行ってしまった。
「どーぞ。」
一口分を、スプーンで掬ってみる。見た目よりも、うんと柔らかい。あぁ、食べるのが勿体無いぐらいだよ。
「いただきます……、……!」
プリンは、口の中でふわりと甘みを残して、消えるように溶けた。
「どぉ?」
「お、おいしい……!こんな美味しいプリン、ううん、お菓子、食べたことない!」
思ったままを口にした。私は、年甲斐もなくはしゃいでるけど、これはもう不可抗力。今日の私の夕食が、パサパサとした少量のクッキーだったからというのもあるかもしれないけど、お世辞を抜きにしたって、このプリンは体に染み渡るようだった。クッキーのくだりは、秀星くんには言わないけど。
「でっしょー?さっすが俺!」
秀星くんも、私の反応に満足そうにしてる。
「うん!……あ。」
でも、これ、秀星くんが仕事上がりに食べようとしてたんじゃ……?そもそも、夕食は食べたの、かな?シャワーを浴びたとすると、時間的には厳しいものがありそうだけど……。だとしたら、二重の意味で悪いことをした?
「どったの?」
「いや、これ、もしかして秀星くんがお仕事終わってから食べようと取っといたんじゃ……?」
正直に訊いてみた。
「え?あー……」
「あー」と言いながら、秀星くんの顔が、悪戯っ子のそれに変わっていったのを、私は見逃さなかった。嫌な予感がする。いや、嫌な予感しかしない。