第2章 迷い蝶
「ホントに合ってんの、ここ……」
思わず、自分の考えていたことを口から漏らしてしまった瞬間。
「……ん?」
微かな声だったけれど、私を驚かせるには充分な声だった。人の気配が無いと思っていたところに、他人の声。思った以上に、このフロアは音がよく反響するらしい。
声の方向に目をやると、そこには飲み物の自動販売用ドローンと、手狭なベンチに腰掛ける青年の姿があった。逆光だからか、細部までハッキリとは見えないけれど、明るい髪色の青年は、飲み物に口を付けたまま、目線だけをこちらに寄越してきている。その目つきは、お世辞にも良いとは言えない。年齢は定かでないが、成人しているかしていないかは微妙、といったところ。服装は、黒を基調にしているが、緩いネクタイといい軽く羽織っただけのジャケットといい、着崩している雰囲気。パッと見は分からなかったけど、頭にはピン止めも付いていた。私が青年を見て次の言葉を探しているほんの少しの時間に、その青年の視線が僅かに上下した。その目の動きが本当に意味するところは分からなかったが、私は直感的に、自分が彼に観察されたような心地がした。
「お?見ない顔だね。何何?どっかの新入りさん?」
彼は口角を上げて、たった今私が感じた心地など何かの間違いであるかのように、ひょうきんに、やや親しげに話しかけてきた。
「えっと、管財課からお遣いを頼まれて、ですね……」
「管財課ぁ?あー!」
途端、彼の表情が何故か明るくなった。しかも、片方の手のひらを胸の前で上に向けて、もう片方の手でこぶしを作ってぽん、とやるあの古典的なモーション付き。
「またコウちゃんが何か壊したの~!?コウちゃんがいっつもお世話になってまっす!」
彼はベンチから立ち上がり数歩こちらに近づき、初対面の私に敬礼をして、ウインクを飛ばしてきた。正直、どう反応していいのか分からないけれど、この人なら尋ねれば刑事課一係がどこかぐらい、教えてくれそう。