第6章 翳(かげ)
「何、それ……」
「何って、俺ら『執行官』よ?『仕事』してきたんだって。っていうか、もういいじゃん。こんな話、全然面白くねーって。」
秀星くんは、そう言って顔を逸らした。しばらく、トレーニングルームは沈黙に包まれる。ややあってから、秀星くんは、痺れを切らしたように、口を開いた。
「あー……、ドミネーターっていう、銃の存在ぐらい、悠里ちゃんも知ってるっしょ?」
私はこくん、と頷く。
「俺ら『執行官』の仕事は―――――――まぁ、その時々によって色々なんだけど、今日みたいに凶悪犯罪なんかが起きたときには、チームで犯人追っかけて、ドミネーターに言われた通り、その犯人に向けて引き金を絞る。」
「引き金、絞ったら――――――?」
口が勝手に動いていた。もう、後には引けない。
「引き金が引けた時点で、麻酔銃は確定。でも、犯罪係数が高かったら、その場で、……」
想像できなくはない。秀星くんの血じゃないってことは、他の誰かの血ということになる。さっき、秀星くんが自分のジャケットを脱いでネクタイを外していたことを、ふと思い出す。――――――『執行官』『仕事』『血』。執行官の仕事も監視官の仕事も、詳しくは知らない私にだって、分かる。
―――――――「公安局の中でも、俺らは『潜在犯』。檻の中にいる首輪付きのケダモノっしょ?」
以前に、秀星くんが口にしていたことを思い出す。その時は、イマイチ意味が分からなかったけれど、今なら少しだけ、その理由が見えた気がした。つまり、さっきの血は、秀星くんの近くで、『そういうこと』が起こったということを示している。いや、引き金を引いたのは、私の目の前にいる縢秀星本人かもしれない。
「でも俺、ドミネーター撃つのは嫌いじゃない。それに、裁くのは俺ら『執行官』じゃなくて、ドミネーター。ま、当たり前だよな。」
「……?」
「シビュラが不要だと判断した人間に対して、俺ら『執行官』はドミネーター向けて、ドミネーターに引き金を絞れと言われれば絞るだけ。まぁ、あんまり見たくないモン見る羽目になるけどさ、俺、『執行官』の仕事は楽しんでるし?何せ、ココだって隔離施設と比べれば、天国みたいなモンだし。」
軽やかに紡ぎ出され続ける言葉に、恐らく嘘はない。