第6章 翳(かげ)
中等教育課程で職業選択システムについて習ったことを、ふいに思い出した。――――――『潜在犯』も、『社会奉仕活動』に参加できます。例えば、『潜在犯』が就ける代表的な職業である『執行官』は、『健康な市民』を『守る』大切な仕事です――――――――と。
中等教育課程の先生が言ってたことは、嘘じゃない。決して嘘なんかじゃない。私を、私たちを騙してなんかいない。でも、知らなかった。――――――『健康な市民』?『守る』?
「――――――あ……」
愕然とした。体が震え出して、止まらない。私は、単に知らなかっただけ。ただ、それだけの話。
「『執行官』なんて御大層な名前がついてても、こんなもん所詮は『殺し屋稼業』。最悪の汚れ仕事だよ。でも、この『健康な社会』で俺みたいな奴が生きていくには、これしか無い。じゃなきゃ一生隔離施設だぜ?」
口調は、変わらずに軽い。でもその声には、自嘲がたっぷりと含まれている。
「普通の『健康な市民』様はさ、自分たちの『健康な社会』がどんな奴らに守られてるかなんて、知ろうともしない。これが現実。虫唾が走る。」
ふぅ、と、秀星くんの口から息が漏れる音が聞こえた。
「ま、普通はドン引くわな。『人殺し』がベラベラと目の前で喋ってちゃ。まぁ、俺がしといて何だけどさ、こんな胸糞悪ィ話聞かされて、アンタの色相の一つでも濁ったらマズイじゃん?夜も遅いし、早いとこ帰んなよ。」
秀星くんは、私にシニカルな視線を向けた。数秒後には私から視線を外して、壁から体を離した。そしてそのまま、トレーニングルームの出口へと向かった。遠ざかる秀星くんの後ろ姿。勇気のない私は、その後ろ姿を茫然と見送ることしかできなかった。