第6章 翳(かげ)
宜野座監視官がトレーニングルームを出て行って数分と経たないうちに、秀星くんが入ってきた。もしや、宜野座監視官が退出するのを見計らって入ってきた?記入してもらった書類を管財課へ送信し、ドローンも帰らせた。これで今日の私の業務は終了。
「久し振り、縢さ―――」
一瞬だけ、彼は不満そうな眼をしたが、意図を察した私はすぐに言い直す。
「―――――じゃなかった、秀星くん。」
「ん。ちゃんと覚えてたんだ?悠里ちゃん。」
言い直すと、秀星くんの機嫌が少し良くなった、ような気がした。
「それにしても、こんな遅くまで、ご苦労さんだね。ギノさん待ってたんでしょ?管財課も大変だね~。こんな時間まで、監視官を待たないといけないなんてさ。」
言いながら、秀星くんが壁にもたれかかるために僅かにうつむいたとき、秀星くんの鎖骨の上あたりに、赤黒いものが見えた。もしかして――――――
「ねぇ、秀星くん、怪我してるの?血が出てる……」
私は、赤黒い辺りを指さす。
「んえ?いや?俺はどこも――――――」
言いかけて、秀星くんはほんの一瞬だけマズイ、という顔をした。秀星くんは自分のシャツの襟元をつかんで、指差された箇所をゴシゴシと擦った。すると、赤黒いものは、大体消えた。秀星くんは怪我をしていなかった?でも、あれは確かに、血だったような――――。
「あれ?血じゃなかったんだ?」
「――――――あ、いや、」
秀星くんは明らかに言い淀んでいる。やがて、はぁ、と溜め息を吐いてから、ゆっくりと口を開いた。
「……正解、血だよ。」
秀星くんの口調から楽しい雰囲気が消え、その瞳は翳(かげ)を映し始めた。強く擦られた鎖骨の上あたりは、赤くなっていて、その力がどれほどであったかを語っているようだった。
「悠里ちゃんは気にしないでいいよ。あんまり『健康な市民』に聞かせるような話じゃないからさ。」
それでいて、口調は変わらずに軽い。