第57章 ラヴァーズ・パニック Ⅴ
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「……というワケだから、悠里ちゃんは、シュウくんの浮気なんて、全く心配いらないわ。安心なさい!」
笑顔でそう言ってのけた唐之杜だったが、それを聞いている縢と悠里の顔は、微妙なものだった。
もちろん、唐之杜とて事件の内容を全て、悠里に話したわけではない。そんなことをしては、いくら悠里が公安局勤務の人間であるとはいえ、問題になってしまう。しかし、縢の胸元に、どのようにして紅い華が咲く羽目になったのか、その一部始終はつまびらかにされた。
「……。」
「…………。」
分析室には、案の定微妙な空気が流れている。その微妙な空気を払拭しようと、先に口を開いたのは悠里だった。
「う、浮気じゃないんだったら、さ……、言ってくれれば……良かったんじゃん……?」
「…………。」
それに対して、縢は、無言を貫いている。縢は、そんなこと言えるわけがない、と内心思っていた。まさか、男に無理矢理付けられましたとか、そんなの格好悪くて絶対に言えたものではない。
悠里も、そんなことぐらい、分かっていて口に出したところもあった。悠里は、縢の雰囲気を察して、重い口を閉ざした。
「……。」
「…………。」
沈黙する2人。唐之杜の周囲以外は重い空気の分析室。
そこへ、通信が入った。
『もしもし、分析官、いますか?こちら二係、青柳よ。今から件(くだん)の遺留品を届けさせるから、成分分析を依頼したいの。いいかしら?』
「ええ、大丈夫。いつでもOKよ。待ってるわ。」
唐之杜が、張りのある声で、通信に応答する。どうやら、仕事モードらしい。
「……というワケで、わたしはこれから仕事なの。悪いけど、あとはシュウくんの部屋でヤってちょうだい。……あ、おススメのローションあるけど、要る?」
振り向いた唐之杜の横顔は、ひどく妖艶なものだった。
「いらねーよ……。」
そう返事をした縢の声に、覇気は無かった。