第57章 ラヴァーズ・パニック Ⅴ
「ぅおらあああああああ!」
突如、狡噛の叫び声。
「ぐおっ……!?」
縢の目には、渾身の力を籠めて、ロミオに頭突きをする狡噛の姿。その直後には、鼻の辺りを両手で押さえているロミオの姿が映った。
「ぅえぇぇ!?コウちゃん……!?」
縢も、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。狡噛は、此処に連れて来られる前に、金属バットで頭部を殴打されていたはずだ。そんな狡噛が、全力で頭突きをしたのだ。これには、縢も、狡噛に跨っていたロミオも、各々別の意味で度肝を抜かれた。
しかし、縢は驚いてばかりもいられない。この隙に、ロミオを完全に戦闘不能へと追い込まなければならない。
「縢!」
狡噛の声。
「分かってるって!」
縢はそのまま勢いをつけて跳び蹴りを繰り出し、痛みのあまり顔を覆っているロミオをベッドから落下させた。
鼻の痛みに耐え、ふらふらと立ち上がったロミオに対して、縢は容赦なく蹴りを浴びせた。よろめいて前かがみになったところに、さらに鳩尾へ拳を叩き込み、先程狡噛に頭突きを喰らわされたであろう位置に、再び膝をめり込ませて、ロミオを完全に沈ませた。
「コウちゃん……。無茶し過ぎでしょ……。大丈夫なの……?」
「この程度の事、ワケも無い。」
縢は、呆れながら口にした言葉に対して、縛られたままの狡噛はクールに答えた。しかし、狡噛の頭からは、真新しい血が滴り始めた。
「―――――!ちょっと、コウちゃん!?ヤバいって!!?血ィ出てるって!」
「この程度の事で、俺は死なない。」
そう言い切って見せる狡噛であったが、その顔は血の気を失っており、目にはいつもの鋭さが失われかけていた。
「まったく、無茶しちゃって……。」
縢の呟きは、このひどく無謀な同僚の耳に、柔らかな温度でもって響いた。