第56章 ラヴァーズ・パニック Ⅳ
「あ、アンタ誰……?ここは……?」
「ここは、都内にあるホテルの一室。あたし達以外、誰も邪魔できないお城だと思ってくれて構わないわ。」
オーナーは、ゆったりと口を開いた。
「……、ふーん……。っていうか俺……トイレにいたはずなのに、何でホテルなんかにいんの……?」
縢は、内心では敵意を剥き出しにしたい衝動に駆られていたが、落ち着いたトーンで会話することを選択した。今ここで相手を下手に刺激してしまうことは、狡噛と自らを危険にさらすことに繋がりかねないからだ。
「……坊や、声も可愛いのね?ますます、あたし好みだわ……!」
オーナーの声に、淫靡な響きが乗る。淫靡な、とは言っても、相変わらずの気持ち悪い裏声だが。
縢は、身震いを必死に我慢し、平静を装い続けた。
「うふふ、あぁ、質問に答えていなかったわね?……だって、坊や、あたしの好きなタイプ、ドストライクなんだもの!うふふふふふっ!」
オーナーは、嬉しそうに声を弾ませている。小さな子どもが、お気に入りの玩具を見つけた時に見せるような無邪気さで、オーナーは笑った。しかし、その内面に潜むのは、底の知れない色欲だけだ。当然、その気持ち悪さは、縢にも嫌というほどに伝わっている。縢は、その内面の卑しさを感じ取り、嫌悪するばかりだった。
「ねぇ、男同士のセックスって、イイわよね……?」
オーナーは、恍惚とした表情で、縢へと投げかけた。
縢としては、「知るか。俺にソッチの趣味はねェよ。」と一蹴したかったのだが、今の縢は狡噛の恋人役、つまりはゲイカップルの片割れ役だ。縢は、自らの内に湧き出でてくる100以上の否定の言葉を何とか飲み込んで、会話を繋げる。
「あ、あぁ……。女とじゃ得られない快楽っての?なんか……、そういうのが、魅力だよな。」
何とも薄ぼんやりとした、苦しい返答である。しかし、オーナーはお構いなしとばかりに、会話を続けた。