第56章 ラヴァーズ・パニック Ⅳ
やがて縢の耳には、ジャラジャラと鎖が揺れる音と、水音が聞こえ始めた。正直、何の音なのかなど、縢としては想像したくもない。
「ぐ……!チッ……!」
時々、狡噛の声が聞こえるが、その声には、明らかに不快感が滲んでいる。舌打ちまで混じっている辺り、狡噛の怒りは相当なもののはずだ。もし狡噛が縛られていなければ、彼が多少手傷を負っていようが、相手を半殺しぐらいにはするだろう。ドミネーターなんて持っていようがいまいが、多少なりとも殴りつけてから引き金を絞るに違いない。いや、下手したらドミネーターなど使いもせずに、躊躇なく殴り殺す。
「ぐ……。縛られているのに、これほどまでに抵抗するとは……。」
ロミオの、悔しげな声が響く。それがどんな攻防なのか、縢としては気になるものの、見たいかと問われれば、ノーと答える。
「まァ、勝手にやってなさい。あたしは、さっきのオレンジのコと遊んでくるから。」
弾んだ裏声で、オーナーは恐ろしいことを口にした。
(―――――マズイ。こっちに来る―――――!)
縢は縛られていない上に、特に負傷もしていないが、オーナーが近づいてくる―――――それだけで、戦慄した。
コツ、コツと、ヒールのような高い音が、狡噛とロミオの声に混ざって響く。縢は、絶体絶命ぐらいの心持ちだった。やがて、足音が止まり、自分の前に誰かが立っているような気配を、強く感じた。
(――――――落ち着け。俺は執行官だ。今まで、どんな仕事(ゲーム)にだって、勝ち続けてきた。どこかで負けていれば、今の俺はいない。勝ち続けてきたからこそ、俺は“生きて”るんだ……!)